1年後

 去年の今頃は、倉敷や東広島にいた。  旅時代も終止符を打ち、近場を散歩する以外、能がない。  だが、イタリアのことをずっと考えている。  6月28日。  丁度、一年なのか。  この酒が、やはり、一番うまかった。  まだ、筋肉あったやんという嘆き。  来年は、まだ、生きているんでしょうかね。  エネルギーの代替は、どういうものなんでしょう。

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倉敷美観地区

 朝、カーテンを開けると快晴だった。  荷物をかき集め、しまいます。  この瞬間、ブルーになりますね。また、ちょっとだけ安堵したり。  狭い家だけど、自分の家もなかなかか、とか考えたり。  9時ごろにホテルをチェックアウトし、(ここ良かった)歩いて数分の美観地区へ。  佐原的でもあるし、また違うところのようでもあるし。  大原美術館は、月曜休みみたいだった。  昨日、入っておいて良かった。  昨日の夕方も写真を撮ったが、曇り空であまり良いものが残っていない。  そんなに知らないけど、基本、岡山のひとって風土的にねちっこいのかなと。  自分の客観的な判断もむずかしいのかな、とも。  悪口ではなく、都会人のひとの目を意識しすぎた生活を受け入れていないようです。  それを痛烈に意識しすぎて「面倒くせいよ、もう!」という、自分の地元(自分だけかも)があったりします。  ひとの目を意識していないので、賢いのか自負があるのか、そんな普通の優越感もなんだか感じました。  岡山人論。  青空は、なにごとにも代え難い。  しかし、まだまだ体調がいまいちだった。  どうしたんだろう? と、ずっと歩きながら不安感も道連れにしています。  これが、もう最後の旅なのか?  もう、かなり暑くなっていて、この後もこのまま続けば、かなりの温度になりそうな予感が。  雨と、…

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大原美術館

 1日目は高松で公園を楽しみ、2日目前半は酒蔵まで行き、また2時間かけて帰って来た。  お腹も空いたので、喫茶店に入り、ビールとざっくりとスパゲティと書いてあるものを注文。  多分、数年ぶりにナポリタンなんかを食べた。うどんのコシとは正反対の芯のなさです。  倉敷は、美術館と町並みを見ようと思い、3時ぐらいから多分、1時間半ぐらいかけて絵をみようと、なかに入る。  働いているひとたち「ザ・才色兼備」っていうひとが多くいるみたいです。  きちんと系統だって教育を受けてきた人に軽い引け目があります。  自分は、自分流の手作りの教育なんで、そこらに転がっているガラクタと見紛うもので車を組み立てたようで、流れ作業的な、デトロイト的な美しさはまったくありません。  しかし、それゆえに愛おしいんだけどね。  チャーリー・パーカーの素晴らしさも理解できた人生だし。  で、脱線をやめ、中へ。  トレドのひと、エル・グレコの絵が豪華に一点だけある部屋がムーディーにあった。  シスレーの地味な絵がいちばん感動したりするんだけどね。  世の中へのアピールや斬新さなんて、まったくの皆無だけど、こころ打たれます。  リキテンシュタインのポップアートもインパクトがありました。  青のビーナスとかもね。  で、日本の洋画家の方へ。  誰より、小出楢重さんの絵が好きなのだ。  このひとが描く女性っ…

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栗林公園

 りつりん公園というところです。  ちく電というのに数駅乗りました。  くりばやし公園かと思っていた。  数百円払って、トイレに入って出てきたら、もうどしゃ降りでした。  ざんざ降り。  こんなに雨が降っている中を歩くのははじめてかも。  折りたたみの傘も、その後壊れました。  しかし、そんな中でもこの公園、いままで来た中で一番良いところです。  秋ごろの快晴の時期だったら、どんな潜在能力の一端を見せてくれるのだろう?  広重さんの版画で雨が降っている様子のも多いが、日本はこんな国なんだと思えば、雨も仕方ないです。  カメラを持ち出すのが段々と億劫になっていくのも事実ですが。  1時間半ぐらい、それでも周り、来たのと違う裏側の出口からでて、JRの無人駅から数駅また乗って高松に戻りました。  天候が良ければ、全然歩けない距離じゃないと思うが、ちょい意気消沈です。  駅に着いて岡山行きの早い電車があったので、このまま帰っちゃおうか、と誘惑に駆られるもそこは我慢。  駅の中のビルに寿司の立ち食いがあったので、ビールと四国のお酒を2杯ぐらい飲み、口に入れます。  まだ3時台だったかな?  ちょっと飲酒にはフライングか、オフサイドの時間です。  おいしかったけど、ネタが地のものではない気も。  サーモンって、四国にあるの?  まあ、疑問は疑問として成立しま…

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