さよならマドリード

 そして、何度目かのぼくの旅も終りが近づきました。  たくさん、あちこち廻ったよ。  大観衆の前でも歌ったし、  下手な曲の歌詞もあったけど、  今日だけは君のために歌うんだ。  と、レオン・ラッセルは歌いました。  あちこち廻ると好奇心も満たされるし、疑問も生まれ、それを解決するために多少、調べることも訓練化されます。  そして、下手な詩も生まれ、生まれてきて良かったなとの確かな実感もあります。  それも、これも終わってしまうはかなさが・・・  昼も美しいところだったけど、それは化粧をきれいに塗りたくったような面だった。  夜は、別な美しさがあります。  外出用のスカートを脱ぎ、日頃のジーンズ姿の町並みです。  ある種の猥雑さもあります。  ロートレックの絵画に出てくるような面々。  ここは、ちょっと北千住チックなところでした。  なので、好きでもあるんですけど。  食べた後のナプキンは、すべて地面に落とします。あとは店員さんが箒で掃くようです。  こうして、最後はこれで終わり。  最後に好きなポール・オースターの小説。「最後の物たちの国で」  それは私にとって最良の日でした。この街で、というだけではありません。  文字通り、私の生涯で最良の日々だったのです。  p.130  だが、ここで私の浮気生活も終り、本命でもあるイ…

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おつまみいろいろ

 どこにいてもアルコールを愉しむ人は、そんなに極度に満腹にならずに、少し味付けが塩辛かったり、ぴりっとしたり、水分を吸収されやすいような食べ物が良いのだろう。  数件に寄り、軽く飲んで軽く食べてというオプションのツアー。  ここで、このちょっと退廃的で、現状維持的で、日常的な感覚を思い出し、やはり週末は酒を飲もう、(いままでも充分していたが)と決意するぼくであった。  つまみは、奴(やっこ)と塩辛ともつがあればよいか?  日本に戻ったら、そうしますが、ここでは見馴れない食べ物に手を出します。  タコにパプリカをかけたもの。ワインがすすみます。もう、スペインで飲むこともないのだ・・・  マッシュルームに、なんかのツユを入れ鉄板で焼いたもの。  それを、こぼさないように、すするように食べます。  かなりな感じでうまいです。  ぼく自身は一切、料理には近づかない。  そういう才能もないのだろうが、どこかで完璧主義の気持があり、やりだしたら収拾がつかなくなるのも予想がつく。  なにかに熱中するには、人生って、あまりにも短い。  ならば、本を読んだり、人の作ったものを感心して食べたりする方が良い。  あとは、我が今年の予算との相談ですが。ぼくのこころの野党が騒いだり、抵抗したりするかもしれません。  旅行中に読んでいた本。もう生きていない辻料理学校の人。 「…

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エル・グレコの町トレド

 NYには、アンディ・ウォホールがいて、メキシコにはフリーダ・カーロという画家がいて、それでトレドにはエル・グレコがいるって次第です。  ホントに良い町。ローマに対してのナポリのような感じ。忠実なセカンドみたいな安定感のあるところです。  エル・グレコが描いた「オルガス伯の埋葬」という名画があるサントトメ教会に入ります。  他にも大聖堂にも入りました。  ここで生活することに馴れてきたなと感じ始めているのですが、あとは半日ぐらいになっています。  帰ってからのあれこれ「おれは、元の生活に戻れるのだろうか?」と、いらぬ心配をしてみたり。  古い色合いの町で、川が周りに流れ、言うことなしっす。  また、一時間半ぐらいで、混雑も渋滞もなく、夕方思ったよりはやくマドリードのホテルに着いた。  そこで、同じツアーに参加している女性がデパートが並ぶ所に行く、というので無理言って同行しました。  土日の地下鉄は酔った中高生が態度悪く乗っています。  どこも同じです。  20数年も前の自分の姿です。  地下鉄から降りて、デパート群を探す。地図があれば、ほぼ完璧です。  そんなことを言っても、他の人は半信半疑です。  だが、ぼくのカーナビ・システムはここでも使えました。  しかし、女性と買い物をする疲労感のことをまったく、忘れていた。時間は過ぎる・・・買物は終わらない・・・No!  いったん別れ店…

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ハモン・セラーノ

 この地での最後の昼食です。  生ハムがぶら下がっています。けっこう、リアルです。  日本のフニャフニャしたものと違って、かなりな感じで歯ごたえがあります。  ここでは、チキンと香辛料の強目のスープとアイスです。  もちろん、赤ワインも。  その前に行ったスペイン広場。  この名前が各地の到る所にある。サンチョとドン・キホーテ。  ベスト・セラーって。  セルバンテスは印税をもらうのか?  麒麟の田村さんには2億円が入るそうだが・・・  食事を食べた路地。入りたそうな店がいっぱいあった。  この後は、トレドに行きます。マドリード近辺には、アランフェスやセコビアという場所もあり、行きたかったな。  アランフェスのコンチェルトをジャズ・マンたちが多く演奏し、マイルスやMJQバージョンが大好きなので、その作曲者にインスピレーションを与えたところは、どんな雰囲気だったのだろうと、興味がありました。  まあ、次回です。

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ゲルニカ後の世界

 ピカソの絵を軽々しく判断する世の中(当然、自分も含む)だよなぁ。  と、反省をしながら、やっとゲルニカという大作を見る機会が訪れる。  ああいう顔の描き方しか、この絵の悲惨さを伝える方法はないのかしら? とも考える。いろいろ考える。  レオナルド・藤田さんの戦況の場面を描いた絵画を以前に見たが、芸術家ってそうしたことに手を染めない方が良いよな、とも考えたのだが、実際に感動も得られなかった事実もあることだし、その反面、このピカソのゲルニカは圧倒的なまでに迫力がありました。  しみじみとした感動が伝わってきます。  この他にも現代風な良い絵がたくさん、ここにはあります。  しかし、時間の関係上、ダリは見つけられなかった。  あとは、風景。  駅の近くにあるここは、農林水産省、ということになっている。  それにしても、ここで働けるのか???  天下り的なことは、横行しているのだろうかね。  車内から、もと中央郵便局周辺。  この建物の隣にあったのだが、写りませんでした。  その郵便局はいまは店子(テナント)が違うらしいが、ほんとに働けるのか?  上の空になってしまわないのか? http://www.photolibrary.jp/img38/3322_108212.html  ここで写真がゲットできる。お金かかるみたいだけど。  で、上院(セネター)です。  まあ…

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カメリア・ジャポニカ

 ツアーの悲しいところで、買物の店(税金のあれこれの優遇)に連れて行かれるのだが、まったくの興味がないので、アナウンスのあったプラドの隣にある植物園へ個人行動。  人のものと同じものを持っているのを恥ずかしくて許せない性分。個とはなにか?  まあ、面倒くさい性格です。  30分ほど、散策です。  感覚としては、新宿御苑と一緒です。  多分、2ユーロぐらいですが、高級なバックより、ぼくを幸せな気持ちにしてくれます。  空気が澄んでいました。  裏手には、無料の大きな公園が、地図上ではありましたが、そこまでの時間はありませんでした。  世界有数のサッカー選手の年俸のことなどに思いを馳せ、好きなことと、特技と、活躍できるピークなどの兼ね合いなどに思いめぐらしながら、集合です。  次は、ピカソ作の「ゲルニカ」を見に行きます。  歴史は当然のように何度も繰り返し、チベットでも人の命なんかなんとも思っていない人の報復がありますね。  寒い世の中です。

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プラド美術館の内部と周辺

 ゴヤという素晴らしい画家がいる。  歴史の事実に反抗した絵も素晴らしいのだが、女性を描いたものも、それは素敵だ。  ガイドの案内で「エル・グレコ(ギリシャ人の意)」「ゴヤ」「ベラスケス」という三人の偉大な画家を解説付きで見ることができる。  しかし、芸術に解説なんか不要です。誰にもさせる気なんかありません。  一対一のガチンコです。  で、ルートから外れ、一人で大きな美術館の内部をさまよっていると、「裸のマハ」と「着衣のマハ」という素敵なゴヤの2枚がかかっている部屋に、それこそただ一人で室内にいて観覧することが出来ました。  数百年の歴史のなかでも、こんな幸運にあった奴はそんなにいないのではないかとの自負心が。  堀田善衛という作家の「ゴヤ」についての書籍があり、4つに分けられた大作が文庫で残っている。その本を読むと概観と瑣末な両方が分かります。  それ以外にも、レンブラントや、カラバッジオやラファエロの絵画もあるので、北京を狙うマラソン・ランナーのように駆け巡りました。はぁ。  美術館を出ると、リッツというホテル。  最近、読んだ本では作家の五木寛之さんが日本のフラメンコ・ダンサーとこのホテルで待ち合わせる話があった。  少し遅れた、その作家は入り口で待っているダンサーを見ることになる。 「中で待っていればよいのに?」 「こんな恰好で、こんなわたしが待っていられる訳ないでしょ」  そう、身分…

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マドリードの夜と翌朝

 首都という所に来ました。  すべてが集まるところなら、それは聖なることも俗なることも。  朝は、きれいな街であるが、夜は一変し庶民的になる街。それは理想ではないのか。  オリーブ・オイラー。  なんかタパス・セットといって経費削減されたような。  しかし、酒を飲むとあまり食べたくないので、こんなつまみと白ワインがあれば文句もぐうの音も出ないのですが。  さらに甘いもの。  それで、一晩寝た後、三大美術館(それぞれルーブル・メトロポリタン・プラド・大英博物館・エルミタージュの5つが対象であったりする? なぜ?)の一つのプラドへ。  ベラスケスさんの彫像。  ここで、ぼくの思いがけない絵画に対しての幸運があった。つづく。

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メスキータ見学後

 メスキータ(モスク)という素晴らしい建物(宗教施設)の中を見学後、やはり太陽は美しいものだと。  ひとりで路地裏をうろちょろ。近くに庭園があることも知らず、うろちょろ。  しかし、この絵、なんかとてもスペインっぽい。民衆の一員であることの幸せ。  愚かさを、ほかの人と同じように持っている幸せ。  感動を分かち合うことも必要かなと考えたり、ひとりでいる無頓着さもまた愛したり。  優しさの、どうしようもない欠如感もあるし。  オレンジがたわわに実っていました。  ここは、また来てみたいです。しみじみとした、良い場所でした。  なんか、人を騙そうとか、大金を掴もうとか、生きるある種の裏の基本みたいな考え方がまったくなくなりそうな場所です。  なぜ、そんな雰囲気が町全体にあるのだろう?  で、西洋的新幹線に乗り、マドリードへ。最終日です。  それにしても、ラテン・タイムのようなものはなく、きっちりあくまできっちりとしている乗り物でした。  マドリードの「アトーチャ」という到着の駅には植物園もあるらしく、ここも行きたかったなと。  それより、数年前にはテロの犠牲がたくさん出たとのことで、途中であらゆる可能性を奪われた人の冥福を祈ります。

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人を賢い気持ちにさせるコルドバ

 コルドバに到着です。  やっぱりイスラム色が強い感じがします。  中東に行ったことがある人は、薄いと言ってますが、けっこう病みつきになるみたいですね。  またもや、ローマ時代の橋が現存中です。これらの質の高さ。  と、ぶらぶら歩きだすのだが、なぜか、ここを歩いていると自分が賢い人間になったような錯覚が???  不思議だ?   なぜだろう。背筋も伸びて歩いている。  詳しい解説と写真もここ。 http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B3%E3%83%AB%E3%83%89%E3%83%90  なんだ、セネカという人はここの出身だったんだ。ぼくも読んだぜ。  よくキケロとごっちゃになるけど。  旅から帰ってきて、モーゼス・マイモニデスという人物がいたことを知る。そして、学ぶ。  信仰を捨てるか、逃げるかの選択で、こう答えた。  (離散するユダヤ人 小岸昭さんの本を参照)  「たとえ危険に陥るとしても、強制を逃れ、昼も夜も彷徨え。世界は大きくて広いのだ。」  信仰を捨てなくても、世界は大きくて広いと思う。なので彷徨う。  2人の著書と考え方だけで、真面目な人間であることを知る。  『怒りについて』(De Ira)  『寛容について』(De Clementia)  『賢者の不動心について』(De Constantia Sapientiis)…

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ヒラルダの塔の上から

 息せき切って登ったけど、その見返りとしては実に素晴らしいものでした。眺望です。  おもちゃの街のようにも見える。  色づかいも良いし、そんなに背の高いビルもあるわけじゃなし。  闘牛場もあります。  野蛮なことはよくありません。  といいつつ、過去を振り返れば腕力で解決したこともある反省の日々。ノー・モア武勇伝。  歴史をきちんとつかんだ瞬間です。  このように楽しげに町でお茶をする人々。路面電車が後ろを走り(最近、出来たそう)のどかな昼下がりです。  いくつかの町で車を禁止にしたら、楽しい町が生まれるのにな、と思いますが反対の人のが多いでしょうね。  追記:勤務中に上司に言われ、チョコのお返しって奴をのんびり歩きながら買いに行ったわけですが、太陽の暖かさと解放感で、とろけそうになった今日の自分でした。  またまたこの後は、人を賢い気持ちにさせるコルドバの午後です。  

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ユダヤ人街からカテドラル

 立派な建物が多くあります。ここには、コロンブスが眠っています。  墓碑銘というものを考えたり。  有名どころでは、スタンダール。  「ミラノ人アッリゴ・べイレ 生きた、書いた、愛した」  う~ん、素晴らしい。  「わが骨を動かす者に呪いあれ」とシェイクスピアは書いています。恐ろしい・・・  コロンブスは4人に担がれ、宙に浮いた棺にいます。なんか感覚として、地に足がついていない不安が。  ヒラルダの塔と言います。エレベーターがないけど、あとで必死に登ります。その甲斐はありました。  以前は、馬に乗って登った、と言ってましたけど、ほんとにそれぐらいの幅はあるが、確かな情報なのでしょうかね?  まわりの景色も美しい。ふと、夢に描いた運命の瞬間が訪れるような気がします。気がするだけですけど。

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スペイン広場からユダヤ人街へ

 セビージャの続き。  スペイン広場にある建物の周りに付随している椅子の壁面。ちなみに、これはバルセロナ。各県の象徴的な絵がタイルで表現されているらしいが、なにを描いているのかは不明です。  カルメンとかセビリアの理髪師とかは、この辺が舞台のようです。なにか表現するためのきっかけがあるのでしょうね。  マリアとギター。なんか、とてもスペインっぽいです。  ユダヤ人街を歩きます。ここで迷子になったら一巻の終わりのような気もしますが、せっせとマーキングです。オー、怖い。  しかし、東京の下町と呼ばれる場所もこんな狭い道路もあります。消防法とかにひっかかってしまいそうですが。まあ、それはそれ。

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セビリア

 観光の4日目です。ここにいて、まったくの不満がありません。  午前は、セビリア。本当はセビージャという発音が妥当らしい。この辺が分からない。  若かりし頃、テニス選手で「エドバーグ」という人がいた。ある日、「エドベリ」とテレビで言われていた。その人が同一人物だと知ったのは、いつのことやら。  ギョエテとはおれのことかとゲーテ言い。 という川柳もあります。  で、セビージャです。  黄金の塔です。後ろには、グアダルキビール川です。  この川を下れば大西洋です。で、アメリカ大陸に行こう、という山っ気が飛び出すのでしょう。  ここは、スペイン広場。  1929年に、イベロ・アメリカ博覧会というのが行われたらしいが、その名残です。  たくさんの写真をここで撮ったが、最初の驚きを感じていた時に写したものが、やはり良かった。気持の問題です。  まわりには、各都道府県(そんなのあったら)の印象がタイルで飾られています。  なにか、仏教国(その建築)とも違い、キリスト教国とも違う匂いがします。  それと、画家のムリーリョやベラスケスが、ここで生まれたらしい。その作品があるプラド美術館には明日、訪れます。

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名残惜しきミハス

 このままの状態がずっと続けばよいのに・・・と思いますけど、さよならだけが人生です。  それにしても、ミハスという所は良い場所だった。遠くには地中海。直ぐ先は、モロッコあたりなのだろうか? いや、なんとか海峡か?  鼻歌で、マイ・ガールを歌ったりします。  曇りの日でも、なんたらかんたら。  太陽の暖かさって、素晴らしいものだと思います。  リラックスできて、ぼんやりと眠気も感じて。  さっき、ワインのハーフを飲んだのに、デジカメ片手に歩きまわったら、喉が渇いた。バールに入り、ビールを飲むと、となりのおじさん、赤ワインを何杯も飲み、ついでにぼくに話しかけるも、悲しくI don't understandです。もっと盛り上がりそうな予感があるも、言語って、です。  後ろ髪を引かれながらも、セビリアに向かいます。  ここには、サッカーチームが2つあり、弱い方のチームのスタジアムがあるそばのホテルに宿泊。そのサッカー・スタジアムの外観が素晴らしかったのだが、夜の一人の散歩で、カメラの性能と、その異様なまでに大きな建物と我が腕前を比較したら、撮らずに戻ってきてしまった。  残念だが、脳裏にはあります。  ホテルで、赤ワインを2人で2本飲みました。かなりおいしかったのを覚えていますが、もちろん、自分の部屋に戻れば、記憶ってララッララ・ラララ~ラ。  翌日は、午前はセビリア。午後はコルドバという両方とも魅力の多い町でした。

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ミハスでの昼食

 どうして、お腹が空くのかな。  風景で満たされても、お腹は減ります。知らない土地へ行って、知らない味付けに会う。それは、楽しい経験だと思うけど、不満に感じる人もいるらしい。  そう思うなら家に居て、お茶漬けでも食べてればいいのに、とも思いますけど、人それぞれ。ぬるいシャワーも経験です。といって、そんな経験はなかったけど。  青い空に白い壁。これぞミハスです。  いつかペンキを塗るシーズンがあるんだろうけど、それは、いつのことやら。手伝いたい気がします。  魚の輪切り。多分、まぐろ。  白ワインをハーフで頼んだら、きちんと半分抜いたフルボトルが出てきた。あと半分の行方は。  どこでも花です。  この日射しと暖かさで、Tシャツになってのんびりしていたら、数か月来のストレスがきれいさっぱり抜けて行った。そんなに、あくせくしなくていいじゃん、という気持ちです。  その気持ちが長引き、いまもぬるい環境で働いちゃっています。  しかし、旅している時こそ、「生きている」という実感があります。なので、今は生きていないという、もやもやがあり、鮮烈さと程遠い我でした。

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白い町で

 以前、アラン・タネールという映画監督がそのままの題名「白い町で」という映画をつくった。  ベルリンで天使になる前のブルーノ・ガンツという俳優さんが主人公でポルトガルの街を8ミリカメラを片手に家族から離れて、放浪するという内容だった。  それは、素晴らしい映画なので、景色も最高だったので、いつかこうしたポルトガル的な、またはギリシャのエーゲ海的な白い壁の中を歩いてみたいと思っていた。  そう思ったのは、もう20年も前の話か。  最近、松田聖子さんの若かりし頃のヒット曲が、最近の若い子に通じるのか心配になってきた。思い出共有化です。  その白い町です。  日差しも強くて、気持ち良いです。1月の下旬です。  近くには、マラガとか、上半身裸というかもっとオープンな格好で海辺を歩いても犯罪者にはならない場所があるのでしょうね。  でも、出来る覚悟も自信もありません。  家に帰ってみたら、こっちを向いていたのね。  これが、この旅行のベスト・ショットかなと。  理想の顔をこんな遠くの地でみっけ。  男みたいな顔にちょっと弱いです。宝塚の男の役の方みたいな人。

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ヘネラリーフェ庭園

 それで、隣接している庭園があり、そこを散策。  こんな庭がある家に住みたいもんだ。そんな気持ちはあっても、アパートメントの3階に住んでいる。そのかわり、休日は誰に拘束されるわけもなく、自由がある。  我、身の程を知る。  以前、テレビで見たサンクトペテルブルグの「夏の離宮」というのがあるらしく、そこにも行ってみたいな、と思う。  階段を登るスピードは落ちるし、10代の食欲と比べたら3分の1ぐらいになっているし、あの狭い飛行機で我慢するのには、意外と体力がいるもんだし。  そんな小さな不満は置いといて、ここでも見えないところでせっせと造園をしている人たちがおりました。仕事を終えた後の満足感といったら、ないんだろうな。ご飯もうまいんだろうな。  そこからの、宮殿の眺め。  これで、2日半が終了です。  これから、白い街といわれるミハスに行きます。  そこは、暖かい南国の空気があるんでしょうか。

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アルハンブラの薔薇

 棘があっても美しい。  いまはラン展とかもやってるんだろうな。行ってみたいな。  と、思いがけなくも宮殿内にバラ。 いつから、ここで咲いているのだろう?  やっぱり、遠くまで来るもんだ。  日本でも洋館とのセットがあるが、ここもなかなかです。  静かに自分に訪れた良きことを列挙したくなります。  生きるって、旅するって、おいしいワインがあって、やっぱりトータル人生ってプラスだよな、と思います。  普通にカメラを向けたくなる。写真って、追体験ができるし、思い出しやすいきっかけになるし、イラストでも描く能力があれば、それはそれでもっと楽しくなるのだろうが。  背が高いです。この辺で隣接している庭園にスライドします。しかし、いまいち境目が分かりません。

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アルハンブラの続き

 ここには国営のホテルというものがあり、けっこうなお値段がするらしい。  それでも、何にも代えがたい体験が出来るだろうが。  通りがかりの旅行者には敷居が高い。  違う文化を理解するということは、どういうことなのだろう。  もちろん言葉も通じない。生きている時代も違う。それでも、新しいことを学んだり、歩み寄ったり。  一日、机の前に座り、オフィス2007とマイクロソフトの強大な世界に組み込まれ、日々を過ごしている。そうすると、違う時代とか文化に飛び込みたくなる。  すでに旅行への憧憬が。  しかし、行けるときに無理してでもスペインに行って、良かったなとの安堵感が。  帰ってきてからも、興味を惹かれたことについての本を読みだすと、知識も無限に増えていく。すぐに、忘れてしまうことも多いが、もし仮に、人間が忘れることがなかったら、数々の失敗の恐れにより気絶するだろう。  中庭には2羽、にわとりがいる、らしいが、ここにはいませんでした。

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アルハンブラの内部

 これぞ、イスラム建築というものになっていく。  この人たちの美的センスが羨ましい。  まずは、アルバイシン地区の眺め。たぶん、昨日の夜景はあっちからの眺めだとは思うのだが。アラブ人が住んでいたんでしょうかね。  ここから眺める下界は素晴らしい。  気分は王様です。  模様が繊細です。  案内では、部屋内では、横になって過ごすそうです。絨毯を敷いて、横になって、ポテト・チップスでも食べていたんでしょうか。  水を持って来る所に砂漠での憂鬱の反映があるのかもしれません。写真を撮りながらも、少し、ひんやりして、肩をすぼめて歩いています。  ちなみに前方にいる人は見知らぬ人。サイズと遠近感のために、この写真内に生まれてきたのだろうか。  詳しくは、ここ。http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A2%E3%83%AB%E3%83%8F%E3%83%B3%E3%83%96%E3%83%A9%E5%AE%AE%E6%AE%BF

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アルハンブラ宮殿の朝

 やっと、観光三日目に突入。  Hを発音しない民族がいて(なんでや?)ここも、アランブラ宮殿と言うみたいです。日本の車もオンダです。  イスラム教徒に乗っ取られ、キリスト教が奪い返し、という複雑な社会です。  一夫多妻という社会があり(またもや、なんでや)イスラムの王様は、数人の奥様と、女性を囲うところを作ります。  そこで、働く男性は、(オレの女を見るなよ)ということで、結構肉体的にも無茶をされたそうですが、それも昔の話。  男性は、嫉妬の生き物ですかね? 社会的地位やもろもろも。  女性たちって、それはそれで仲良くするものなのでしょうか? 自分の夫であるものが、朝帰りをするよりかは、三番目の妻のところにいるとか。  まあ、そんなことを考えても仕方ない。  ローマ的な建物になると、これはキリスト教のものでしょう。

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フラメンコの難解さ

 西洋音楽をそれこそ、音楽の成績の悪かった自分が必死に聴いてきた。  ある程度、感触がつかめて、でも本流からはずれれば、そこには亜流があった。困ったな。  義務教育というのは、どうしても最大公約数。  しかしですが、本当に楽しいのは、石の裏に隠れているようなものです。  だれも、バディ・ホリーやロイ・オービソンや、ホレス・シルヴァーの黒いノリやJJジョンソンのシステマチックな手の動きについて教えてくれるわけじゃありません。  それにしても、音楽というのは95%ぐらいの人は、自分で歌うこともなければ(カラオケでもっと歌うか?)演奏もしない。ほとんどは、聴く楽しみに限られる。  なら、聴くということにもっと重点をおくならば、音楽のとっかかりというのはエピソードに尽きるような気もするが・・・  「みなさん、耳の聞こえなくなった人が作曲した人の作った音楽がどういうものか興味がありますか? それでは、そのレコードをかけてみます」  これで、つかみはOKだと思うけど。  ウディ・アレンは、目の見えなくなった映画監督という題材で見事にコメディーを作る。  それで、フラメンコです。リズムが分かりません。急に拍子が変わっちゃいます。それが、ちょっと気持ち悪いです。  鉄は熱いうちに打て、ということで先週、錦糸町でトマティートというギター奏者の演奏を聴きました。フラメンコファンというのは、どこにいるのか超満員です。  みなさん、ど…

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さらに、さらに暮れていく

 グラナダの夜シリーズ。  ショーウインドウの中が、どれもきれいに見えてくる。  たまに映る、アジア人の顔の自分に驚いたり。  生まれてくるところって、どうやって決まるのだろう。  どこかで、順番待ちをしているのだろうか?  それでも、やまざきまさよしさんの歌を、自国語で聴けるよろこびを知っています。  世界中のあらゆるものが東京に集まって来ることも知っております。  日本人として教育を受ける、フラットな立場も知っております。徴兵制もないし、どこかの誰かをこれから憎んで生きていこう、との教育も受けない幸せも知っております。  だが、もし偏ったとしても、こんな夕暮れのあるスペインで生活するのも、それを補って余りあるのではないかとも考えます。  ちょっと、自分のいまに不満があるのか?  まあ、ほどほどに。

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グラナダは暮れ出していく

 財布には、見知らぬ紙幣が入り、頭の中では計算が働く。  ちなみにこの時のレートは、1ユーロ160円ぐらい。  最近になって、FXというものが分かって来る。  つまりは差額で儲けようという世の中。それで、実際に儲けている人たちがいる世の中。  ネクタイは25ユーロでした。なかなか、しっかりしたもの。  この期間は、株価をチェックできませんでした。なので、平安があります。  旅行直前に、安い価格である株を買ってきて、帰ってくると成田往復交通費ぐらいの(しょぼい)値上がりがありました。  でも、1週間、銀行に寝かせておいても何も起こらないし、これぐらいは、計算ができるようになりました。  1週間で2千円です。悲しいね。それより、今年の12月まで有給がないことの方が、もっと悲しい。  それもこれも、差額の問題。  お金のことばかりだが、この光の具合が不思議と、ヨーロッパへの懐かしさを生みだすのです。  オレンジ色の蛍光灯と、青っぽい蛍光灯のことで、職場内の小さなやりとりがありましたが、スペインのオレンジっぽさに温かみを感じています。

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グラナダのカテドラル

 宗教によって、建造物も変わってくる。  優劣を判断すると、いろいろ問題だが、ここはキリスト教世界。とりあえず、天に向かおうという方向です。  スペインは、さまざまな民族が征服し、やはり住みやすかったり、アフリカにも近いせいなのか、流入してくるのでしょうか。  海を渡れば、モロッコです。  イスラム文化というのは、砂漠の民なのか、水を大事にする民族です。  喧嘩をやめて、とあるアイドルは歌いましたが、もう無理かとも大人の気持では思っていますが、そろそろ人の命を途中で奪ったりするのはやめてもいいかなと思います。  そんなに急がなくても、きっちり5、60年後にはなくなる命じゃないですか。ああ、厭世的。  ひとまず、コソボあたりにも平和がくればよいかなと。  あまり映らないように努力をしていますが、背中には商店がびっしりつまっています。そんな街に愛着を感じています。

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グラナダの夜

 延々と移動し、グラナダに着きました。  夕飯後、フラメンコ見学という予定がこれからあります。  その夕飯前までの数時間、自由時間です。  ホテルから15分ぐらい離れたカテドラルまでの道の両側は、けっこうチープなお店があり、自分にネクタイとセーターを買いました。  こういう所に生まれれば良かったな、と叶わぬ思いながら感じています。  すれ違う青年たちは、多分、放課後待ち合わせをして、塾なども行かず、(想像)そこそこ可愛い子たちとデートでもしているんでしょうね。  どの少女たちも、いかにも、女性という感じがします。  店員さんも、どれぐらい化粧しているのかわかりませんが、かなりなかんじの立体的な顔です。  この辺で、挨拶は「オラ!」で代用できることを知り、それ一辺倒です。  でも、レジの順番を誰が待っていても、自分の会話が最優先です。日本のコンビニの「こちらのレジで!」みたいな応対はまったくありません。  それは、それで嫌な感じもしなくて、日本のせっかち文化がいくらか取り除けたかなと。  ワインばかり飲んでいて、町を歩いた後のビールの爽快さを実感した次第です。

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スペイン的風景

 昼食を食べた後のまわりの景色。  ほかの人は、小さなお土産屋に入り、あれやこれやの買い物で忙しい。  多分、頭の中にある誰かと、それに似合うなにかを探し、突合していくのだろう。  この辺で、こちらの暖かさと陽のひかりに恵まれていたのだが、海外でも使える電話を持っている人もいて、日本では雪が降っていることを、情報として知る。  ほんとかね?   でも、それも小さな些細なこととして、左に受け流す・・・古い。  教会の鐘の音に、異国にいる実感がしたり。  シエスタというものが実在しているのだか、誰もいません。犬っ子一匹いません。  遠くにまで来たもんです。

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ドン・キホーテの煮込み料理

 何事も、それぞれの基準があり、小奇麗な場所で飲むのも好きだし、庶民的な場所で匿名性の中で飲むのも大好きである。  まあ、場所も、時間も、相手が誰であるかととかには、そんなには大して影響されない。  でも、こころのなかには一本の北千住基準があり、そこで頼むのは煮込みに限る。  どこに行っても、肉体労働風情の人が多めのところで煮込み料理を頼むと、こちらの意志とは関係なく、あまりはずれがない。  潔癖な若い頃、(そんな時があったのかね)夕方、塾のそばにある赤いランプの灯る店に出入りする輩を、あまり好ましく思っていなかったような・・・  でも、腹の凹凸のことを忘れ、食欲がよみがえってきた。  煮込んじゃったこれには、赤ワインがお似合いです。  孤独な男性の肖像。  理想のユートピアを追い求めたりします。  それがあっても、なくても問題ではありません。  移動中、車外はワインのブドウやら、オリーブ畑やら、オレンジやら、ヨーロッパはけっこうな程度で農業国です。  農家にプライドのある、自給率の高い国って必要だよな、とヨーロッパに行って気づきました。机上では、悲しいことに分かりませんでした。  それで、帰ってくると輸入した食品の問題が。  遅かれ早かれ、こうしたトラブルは、商社的な社会では生まれてきたんでしょうね。

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ラ・マンチャの風車

 なぜ、こんなにも風車とか水車に人間は惹かれるのだろう。そして、画になるのだろう。  荒漠とした景色。  ライ・クーダーの「パリス・テキサス」のギターが似合うような風景。  観光二日目の午前中です。  セルバンテスの「ドン・キホーテ」という物語がある。  たしか読んだような、いや読んでいないような、あれっ、要約本を読んだのか?  自分を騎士と勘違いした人物が、サンチョ・パンサという従者を連れ、そこらの女性を王女と勘違いし、彼女のことを慕い、旅したり、トラブルを起こしたり・・・そんな話。  笑い転げて、読めばよいのだろうが、理想主義者の悲哀のようなものを感じてしまいます。  理想があれば、挫折もあります。  世の中を、もう少しましな方に導きたいとか・・・  「もっと夢を見るように!」と、立派な成功好きな人たち(例えば、オリンピックの監督とか)が声高に言うけど、小さな声で不賛成を唱えたい。  大きな夢は、大きな挫折のきっかけです。  それより、もっと足元を見るように、自分の手に負えるだけの幸福を求めるようにという方が妥当だし、もっともだと思うけど、まあ、少数派でしょうかね。  そんなセルバンテスの作りだした主人公目当てで観光客が呼べるのか分からないが、大小さまざまな銅像がたくさんあります。  なにもない、というのが何と幸福なのだろう、と思います。  乾いた空。観光客に興味ありげな視線を送る暇そうな…

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