すき焼きの面としてのセッション2011

 牛肉をたまごにつけて食べれば、それはすき焼きなのか?  春菊としらたきがあってこそ、すき焼きではないのか?  で、本日は脇役にも注目できるのだろうか。4人のメンバー。  しかし、長い迷走の旅も終了。  ある正月。なんの予定もない正月。ジャズのライブに誘われ、それだけが予定といえば予定であった。だが、楽しみにしていた当日の午前中に、 「チケット、会社に置いたままです。セキュリティも厳しいです。そもそも、会社に入れるか分からないです」との冷たい宣告。  ぼくの連休とその締め括りは、感動が除かれた透明なものになる。  春の大阪への旅で違う新幹線の座席で居眠りをする自分も同じく危機管理に欠ける。  許すこと。神は許さなければならない。それが、仕事なのだから。人間も水に流さなければならない。  そのドラマーが、今日(5月19日)、登場する。チケットをその友人が無料(往復はがき代あり)で手に入れ、こうして時間は経ったが観られるのだから、あの日の流れた予定の気持ちのうえでの償却。  迷走の旅も終わりです。  意外とねちっこい自分の性格。  場所は国営放送ホール。ラジオの公開収録。  ドラマー(森山威男)と、ピアニスト(辛島文雄)は、日本でも有数のジャズ・マン。  後代のさらさらと素麺のような印象で、きらびやかなドライな演奏しか求めない(能がない)タイプと違い、ガッツあるひとびとです。  スカイツリーより東京タ…

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天才

 【天才】の定義  時空を越える。過去や未来のある瞬間に自分がいると仮定して、その時期に彼(の作品)に触れたとしても、同じような脅威や感嘆を与えてくれるだろうという予想と確信。  例えば、ミロのヴィーナス。  【女性】の定義  暇になるとポッキーを口にする生物。  1)絵画  レンブラントとゴッホ。  自分の能力って、何なの? 知ってるけど。自分らには、それは重過ぎない?  2)音楽  「お母さん、ぼくの頭の中に鳴り響いている音楽を止めておくれよ」  止むに止まれぬ溢れる衝動を持つチャイコフスキー少年。  「オレのいう通りに演奏しないと、殴ってやるぞ! コラッ」  ミンガス。  自分の能力を正当化するための権力と無力感。  ジャズでは、本当は、バド・パウエルのみ。  もしかしたら、レスター・ヤングとふたりだけ。  差別される側。  当時のひとは、彼らの肌の色は知っていても、その圧倒的な能力に気付かずに天才性を殺した。  自分も肝に銘じて、それらの気持ちを持たないこと。  あらゆる差別の加害者にならないこと。  まあ、ときには、なるけどね。  3)作家  バルザック  数と量です。  もしくは、質と絶対数です。  天才は、自分自身の架空の環境を構築する。「あの医者を呼べ」と、自分が作り上げた登場人物を呼ばせようとする。  4)映画  ゴダー…

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1963年のハーレム

 最高のライブを経験するべく、タイムマシンに乗るならば、というひとのブログを読み、我が実体験でも、MJQやオーネット・コールマンやブラッド・メルドーのソロとか、数知れない体験ができた。  あの日のハンク・ジョーンズも凄かったな、という記憶も。  もう、この世に居ないひと達も、それは、出て来る。  しかし、本当は、この一日。  ジミヘンもボブ・ディランの全盛期も観たかったな、という思いもあるけど。  ソニー・ロリンズも観た。  コルトレーンやマイルスはもういなく、ジョン・レノンはどこかの誰かに撃たれていた。  こんな音楽を、ぼくのその時の気持ちだったと、16歳のときに好きだった女の子に教えてあげたい。  サム・クック。  

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失業中のトム・ワトソン

 2009年7月。  ぼくは、無職なのだ。  深夜から明け方の眠れない一夜にテレビをつける。  どうでもよい、ただ明日への無力感を先延ばしにする行為としてテレビをつけている。  そこには、トム・ワトソンがいるのだ。  場所は、全英オープン。  そのゴルファーは、1949年生まれ。  ぼくが、40才ならば、彼は、60才になる手前。  クリント・イーストウッドの映画の青臭さを失わない主人公のように、まだまだ頑張れる一員として、深夜のテレビのなかに登場する。  眠れない夜に見たどうでも良かったテレビが、ぼくにとって未来への架け橋となっていく。  彼は、深夜には、もの凄い成績を残している。  勝利は、目前なのだ。  朝になる前に、ぼくも眠れる。  それでも、スコットランドの無慈悲な天気は、彼に寄り添いながら、最終的には、彼の無力を徹底的に洗いざらす。  だが、負ける美学(その切ない背中)があることも白んでいくカーテンの向こうの日差しを感じながら、ぼくは気付く。  こうして、数年経ち、ぼくがこの世界で呼吸をしているのも、彼の雄姿があったからなのだろうとも思う。  あの日、ぼくはテレビを見ていなかったら、この世界に存在していなかったかもしれない。  そのことを永久に忘れる前に、記録として残しておく。  勝利者だけが、ぼくを暖かくしてくれるわけでもなく、敗者に目を背けることなく、今後もなんとか息ぐらいは充…

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トムisTom

 ブログなんかでよその犬を見るも、やはり、うちの犬がいちばん可愛かったなという、とりとめもない印象。  現在、泥酔しています。  19ぐらいから、32、3まで生きていた。  ぼくの人生のうち。  もっとか?  芸のひとつも出来ず、若かりし頃は、床に置いてあったサラダ油まみれになり、ぼくは、幼少の頃に犬に噛まれた記憶があるらしく、犬自体を恐れていたが、ひざの上でいびきをかく犬に愛着を感じ、平日の休みにはぼくのベッドで一緒に眠り、ということを繰り返すうちに、犬愛好家になっていた。  本来は、猫の気品に憧れていたのだが、いまは、どっちも好き。  さて、犬みたいな女のひともいるし、(わたしのこと、かまってよ!)猫みたいな女の人もいる。  (えっ、そんな、つれなくする気?)  インディアンは、そのひとの生存中の記憶がある限り、それは生きているということに認定していたようで、ぼくも相変わらず、その犬の元気なころの夢を見るので、これも確かな記憶の一部となるのでしょう。  犬みたいな女の人もいるし・・・  犬と呼ばれた、過去の歴史の一員もいるし・・・  さて、週末。  ※ネイティブ・アメリカンという言葉は当然、知っている。

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日本人で良かったなぁ

 基本、ある民族が、いじめ、仲間はずれ、村八分という思考パターンで成り立っていることを知っている。  だが、情報に流されやすい一面を持つので、すべての人が善意のまどろみで生きているという風に錯覚する。  頑張ろう、日本。  長友さんも、ドイツに出稼ぎに行っているサッカー選手たちも言ってたしね。  AC。  もちろん、そんなことはなく、詐欺があり、虚構があり、仮面がある。  だが、やっぱりね。  ある県から他の地域に行けば、放射能を浴びていると、誤解され、ゴミすら汚染されているので、持って来るなと拒否され、まだ、自分が小学生で転校した他の県で冷たく扱われたら、世間を今後一切許さなくなるだろうとも考えるが、それなりに汚れた大人なので、こうしたひとたちもいることを認識していたので、まあ、なんとかやり過ごせそうです。  良かった。  真実は、美しい。  いつでも、真実は美しい。  明るみに出た真実は美しい。  なぜ、自分は、3月10日に死ななかったのか。  周りは、善意で多額の寄付すら惜しまないと誤解をしたのか。  だが、ジャポネの確固たる一員なのだ。  良かった。  恵まれていた。

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42年間のポエジー

 冷蔵庫を作っても、多分、42年間はもたない。  洗濯機を作っても、42年間は洗ってくれない。  PCは、3~5年ぐらいで寿命を全うする。  42年前のワインがうまいかどうかは、知らない。  1969年の映画で見ごたえのあるものはある。  音楽も、まだ、ビートルズがグダグダになったとはいえ、聴くものはたくさんある。  42年の生命体の話。  来月、42年を迎える。  本を読む際のピントが段々と合わなくなっている。  まだ、実家にいるころ両親が、そんな眼鏡をかけているのを知り、一生懸命、本を読み続けた。  学問がないゆえの、さりげない習得の過程。  98%の知識は本を媒体にして有し、残り1%ずつは、旅と恋である。  それで、やっと、プルーストの長い「失われた時を求めて」を41歳と11ヶ月の今日、読み終えた。  まだ、読むべき本は本棚に並び、電球をさりげなく取り外した地下鉄で本を読む。  42年です。  可愛い21歳の若い女の子が2人いた方が世界に取って目出度いが、まあ、これでも多少のなにかがあって、生まれてきたのでしょう。  結果は、知らんがね。

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ある例え話

 父親の傍若無人な振る舞いがあったけれど、ある子が1945年の8月15日に産まれた。  小さい頃は、アメリカという継父さんが養ってくれた。    そして、なかなか順調に育っていった。  いくつかの企業という子供を生み、継父でさえ恐れるほどの息子になった。  (ここで、ぼく。彼の23、4歳のときのこども)  35歳ぐらいから、その父の懐具合は良くなり、40代になると急激にしぼむ。  それは、バブル景気とも呼ばれた。  50歳を目前に一時的な病気になるも(阪神の震災や地下鉄にサリンを撒かれた)なんとか、持ち応え(まだまだ生命力はあるのだ)入院はしたが、退院はできた。  息子は、25歳になっている。  良い生活を送れたものの、金一辺倒の世の中にうんざりしている。  息子は、宮城の荒廃した港町にひとりたたずんで村上ファンドなんてものが過去にあったことを、きちんと検証したい。  「金をもうけて、何が悪い!」  65歳になって、瀕死の状態になっている。  そこから、どう延命するのだろう?  継父や継父の友だちも優しかった。だが、まだまだ松葉杖や車椅子を使ってでも、きちんと自立できる日々を夢想しなければならない。

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革靴での帰還(2)

 馬鹿みたいに毎日、忙しい。  なんの意味も高揚も達成感もないまま毎日が過ぎていく。  ひとに憎まれようが、どう思われようが、イラッとするけど総体的には楽しい人生。  つづき。  経団連関係のビル。  地下では、きれいなOLさんが3人、ヘルメットを被りながら飲食店にいた。  トイレを借りた。  立ち飲みもあった。  普通であったら、気付かない。  しかし、経済も終わり。  「酒、飲みてぃな、と思いながらも缶ビール片手に歩いている」  しかし、この日は寒かった。  駿河台(やっぱり徳川家のための駿河なのだろうか?)を越え、ニコライさん。  新御茶ノ水の上。  ブリューゲルの彫刻があるとは知らなかった。  こうして、みんなうんざりしてました。  聖橋(先週は、楽しく散歩していた)を渡り、神田明神へ。  東京ですね。  節電の情報の前でした。  やはり、東京ですね。  上野公園の手前。  桜が咲き始めていた。  会社から、2時間で上野。  まあ、順調。  だが、反省体質の自分は、ネットで自分の行路を地図で調べると、浅草橋を見て、バンダイのよこを通り、浅草に行く斜めの道の方が近いことを発見。  なにごとも予習と復習です。  次回は、もうちょいまともな道を。  パンダ、…

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革靴での帰還(1)

 職場は4月の人事異動に向け、それでなくても忙しい。  「待機」という言葉があり、となりの部署は、どうやらタクシー・チケットが配布されるらしいけど、我が部署は無理そうなので20時には切り上げる。  「帰れんの?」  と、心配顔のみなさんに「3時間ぐらいでしょう。上野まで行って、浅草を越せば、なんとかなりそうです」  との言葉を残していざ出陣。  これは、人生を肯定的に受け止められるかの問題に入るのだ。  自分に起きた、もしくは降りかかったことは、常に正しい。  地下鉄が止まることも正しいとの結論。  東京タワーから。  どこかに不具合が起きたらしく、電波がゴースト状として放映されているとのこと。  コンビニに入る。  食料の棚は減り、つり銭も不恰好な様相となる。  これからは、もっとなった。  虎ノ門まで。  こうした機会がなければ、家まで当然、歩かない。しかし、個々の道は歩いたことがあるので、地図は必要ない。  交番の前には人だかりが出来、道を訊いているひとも多かった。  霞ヶ関を左手に日比谷まで。  歩く人で道は混み、日比谷公園の中を抜ける。  ヘルメットを持っているひともいる。  会社に常備されているのだろうか?  靴の心配をしている女性の声もちらほら。  高いヒールでなくて良かったとか。    人間の不確かな記憶よ…

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