ある運命について(司馬さん)
恋愛というものを古典的に定義すれば、両性がたがいのなかにもっとも理想的な異性を見出し、性交という形而下的行為を介在させることなくーたとえなにかのはずみでその行為があったとしてもーその次元に双方の格調をひきさげることなく欲情をそれなりの芸術的諧律にまで高めつづける双方の精神の作用を言う、とでもいうほかない。しかしこんにちではすでにこのことは存在しがたく、恋愛小説そのものが成立しにくい分野にまでなっている。
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兵というものは、最初から兵であるものはいない。まず恐怖をあたえ、規律をあたえ、間断なくその両方をあたえつづけることによって、なまの人間からなにごとかを抜きとってしまうのである。一週間もすれば、頭が茫となり、俗世間にいたことが十年前であるような感じになる。
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「フルメタル・ジャケット」という映画の内容と同じですね。
国家とは極端にいえば架空の、すくなくとも形而上的存在なのだが、それが、法律と軍隊と警察力と歴史教育と道徳教育で、ときに個人に対する最も重い重責の現実として存在している。極端な場合、国家自身がギャング化して国民全体を人質に取りこむような場合もありうるのだが、そういう場合でも、国家は、国家とは何かということをたえず宣伝し教育していなければ、国家という実在感が国民の中から消滅しかねないようなあやうさがある。すくなくとも国家の支配者は、つねにそう思いがちである。
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ある国家の現状っす。
愛情を…