稼ぐ能力

 昨日、一緒に旅行に行った人に会い、撮った写真をCD-Rでもらった。  ぼくは、オルセーのゴッホの絵を撮らなかったが、こちらには入っている。  この絵描きが死ぬほど、好きで、たぶん、その人生のぎこちなさも併せて愛しているのだろう。  確実に、この人生で一円も一ドルも一ユーロも稼ぐ能力を持ってなくて生まれてしまった悲劇。  それで、この人の価値がまったくなくなるかといえば、決してそうではなく、ぼくに金銭以上のさまざまなものを与えてくれました。こういう、計れない天秤で生きる人にも、スポットライトを。(ハーバードを出て、ウォール街へだけじゃない)  で、同じようにフランツ・カフカとジャズのエリック・ドルフィーも似た意味で、好きなのでした。  2枚として、まともに生前、絵が売れなかった画家は、オルセーの一室に自分の部屋が与えられ(空調ばっちりで)、そのことに安堵したのだった。  もう絵の具の心配も、弟に無心の手紙も書く必要はないのです。  その瞬間、ぼくの目の奥は単純にジンとしたのだった。

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ポルト・デ・イタリーとシャルル・ド・ゴール

 地下鉄に乗って、ポルト・デ・イタリーという駅に着いた。  なんか、ここは下町的な雰囲気。  葛飾の立石のようなノリです。  あと、一本ワインを飲んで帰ろう、という野望があり、飾らない店に入る。  店主は、30代後半あたりの、ちょっと細めのハンサム。  ユダヤ人ぽい小さな帽子を頭にのせています。  カウンターのそばにお父さんらしき人と、小学生ぐらいの息子と、お客には気さくな常連さんがいます。  鶏肉の固まりがあり、それで、サンドイッチにしてくれる?  英語は、この地域にはまったく存在しないようです。身振りと、いくつかの一夜漬けのフランス語とサンドイッチ伯爵のお陰です。  と多分、通じたのであろう、フランスパンに挟み、パプリカみたいな赤いものを詰め、ちょっと焼いてくれた。  それが、ほんとに旨かった。立石、鳥房のチキンを洋風(サンドイッチ化)にしたようなものです。  結局、このなんでもない味の料理が一番、おいしかったり。  飛行機に10何時間も乗って、最後は立石に行きたかっただけのようです。(涙)  赤いワインを一本、飲んで、あとは「ドゥ・カフェ」を頼んでから一杯飲んで、店に入って来たこれまた常連風情のバイト帰りらしいの女のお客さんが、にっこりと微笑んでくれました。  こういうイベント的に食べるということに慣れ、日本に帰って来て、携帯を操作しながらや漫画片手に食事をしている人を見…

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サン・ラザール駅周辺

 世の中の義理とか、まあ遠退いて生活している訳ですが、一般的な社会人としての生活もあることだし、妥当なお土産積立計画も普通の人間にはあり、(ぼくには無い)その為に時間を作る必要あり。  同行者を散々、連れまわしたが、その人もお土産を会社の人にも買っていかなければならないし、ということで、またもやデパートがある通りへ。  雨が降っていなかったら、その人をデパートに閉じ込め、写真を撮るため出歩こうとしていたが、寒いし小雨は止まないし、ということで、ぼくもデパートのエスカレータやエレベータを上下に。  セール期間中で、これはこれで意外と楽しくなったり。  もう少し、お金に余裕のある生活ができたら、服やライフスタイルにもうちょいお金をかけたが、酒いのちの生活を営んでいるので、少量の出費は相変わらず続く・・・  ピントはあいませんが、リベリーのサイン入りサッカーシューズがあった。  もう10年ほど前に、同じようにLAでマイケル・ジョンソンの陸上のスパイクに感動したことを思い出しました。  結局、横のプランタンで、安くなったマフラーだけ買った。  ポール・スミスの幻影がありますが、それは幻影で終わります。  平日のフランス人は、あまりにもシックな格好をしていた。  それで、あまり洋服にお金をかけていないようにも見える。  おしゃれな(突飛な格好ということも含まれる)女の子は、やっぱり裏原宿あたりを歩いている子の方が上かも…

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昼食と国民議会駅

 12時ぐらいになって、美術館を出る。  さて、昼食です。  前回は、この辺でビールを飲んだ。美術館を出るとのどが渇くという習性は上野で付けられてしまったのでしょう。  オルセーから外に出て、直ぐ角にレストランがあったので入る。  おいしい魚でした。このソースの微妙な味。  冷たい白のシャルドネとともに、堪能しました。とても冷えていてこれこそが白ワインの旨さです。  横では若い女性と年配の女性がとても楽しそうに話していた。  あんな風にフランス語を操れたら、どんなにか良いだろう。  少し歩くと地下鉄の駅がある。  適当な言語感覚で、「アンサンブル」イコール調和とかいう駅名かと思ったら、議会という名称らしい。  サルコジさんは政府が用意してくれている家にはあまり住まず、お金持ちのモデルの奥さんの家に住んでいるとのことです。  この辺に国家が用意してくれた家もあるみたいです。  ま、単純に羨ましいです。

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オルセー美術館

 印象派の殿堂。  9.5ユーロぐらいで雨の中から室内へ。  あんまり、先入観なしで入ったが、(それでも、期待大は否めないが)入ったら凄かった。  各、有名画家の一室として、一角が備えられている。  ドガの部屋とか・・・  普通にミレーの名画が、なんの作為もなしに展示されている。  (晩鐘、落穂拾いetc)  モネの名画とか、大好きな、ブーダン、ピサロ、シスレーという印象派マイナー路線がたくさんある。  あるひとつの主題を、延々と変換させるピカソの才能に驚嘆します。(こんかいはマネの草上の昼食を、デフォルメさせていきます。スペインではベラスケスの絵を解体していったのを観た。おなじ絵を20枚ぐらいの解体作業をしている。その過程だけで、一流ということを理解させてしまう圧倒的な能力)  多分、一年に2回ずつ来るぐらいが丁度、良いかも。  その前に、こうして幼少期に教えられる幸福も絶対にあるけど。  上野の門の本物は、ここにあった。  2階は彫刻なので、ざっと流してしまったが、ロダンとかがあって、あとで考えるともったいないなと。  カミーユ・クローデルという人が大好きなのだが、あまり見なかった。  内部も、ほんとに美しいです。  もともとは、鉄道の駅ということです。  ここで、この旅の最高感動は、ゴッホという人のことです。  生きている間は、まったく絵が売れません。  しかし…

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ジャンヌ・ダルク

 それで、最後の朝になった。  スーツケースに荷物を積み込み、チェックアウトして、それでも荷物はホテル(オテル?)に預かってもらい、外に出る。外は雨だった。  15分ぐらい歩いたバス停から、さらに15分ぐらいバスに乗るとパリの中心に出る。  地図を愛する自分は、反対側に20分ぐらい歩けば、地下鉄の駅があることを知る。トライしない訳にはいかないでしょう。  ここを知れば、荷物を取りに帰ってくるのが、もろもろの意味で楽になる。  そこから、15分ぐらい通勤の人に混じり(みな、あまり傘をささないな)乗ると、ルーヴルの横あたりに出る。  少し歩くとジャンヌ・ダルクがいる。  この人の良さも悪さもあまり分からない。分からないながらも、写真には撮る。  ちょい、方角が分からなくなり、キオスクっぽいお店で「オルセーどこですか?」と訊くと、無言で指をさされた。  面倒くさいですよね。  「ツール・ド・フランス」という自転車レースはここらを最後に走るのでしょう。ランス・アームストロングという不死身なひとの本を読んだことがあります。あれは、泣けますね。  パリの真ん中の公園を抜ける。  天気が良ければ、シャッター・チャンスもかなりあるはずですが、傘が反対になってしまうような有様です。  強風と雨です。  早く風雨を避けられる美術館にでも入りたい。

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ノートルダム寺院

 ルーヴルを出て、バス停まで歩いている。  まだ、多少の元気を残していたが、同行者がお疲れ気味。  飯と酒に対して、金払いが良いのでそれだけで感謝です。  こんなにおいしい食事があるのに節約とかされたら、困っちゃうけど、その辺はほんとに理想的な人でした。  夜景を見ながら、歩いているもホテルへの最短距離を考える。  遠くから、それも上手くとれなかったノートルダム。  もうちょい近くに行きたかった。  オルセーの横あたりにある建物。  だが、実際になんの建物か知らない。  バスの中から、パンテオンとルクサンブール公園を見て、もうちょい時間があったらな、と考え、行きたい場所のいくつかが脳裏に浮かぶも、残されているのは、明日の夕方までです。  帰りに、バス停近くにあったスーパーで、ぼくの最後の晩餐の予定候補「シャブリ」(飲み物だけどね)を買い込み、サービスエリアで買ったくさいチーズとともに、ホテルの部屋で一本を空けてしまった。  この酒って、なんでこんなに旨いんだろう。  あと20時間ぐらいで、フランスともおさらばです。  明日は、午前はオルセーに行って、同行者のためにデパートでお土産でも見繕ってもらい、その間にぼくは適当に街中の写真でも撮ろうかな、という計画です。  しかし、計画イズ計画です。

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ルーヴル美術館

 夕方、18時過ぎに美術館の横に到着。  あまり、行く時間はないと思っていたが、(優先順位の2番手)この日は夜の9時ごろまで開いているとのことなので、ラッキーなことに入場します。  この三角の中に入り下っていきます。  ここの中も、たくさんの物がありすぎるので、観覧ルートに優先順位がありです。  取捨選択というものです。  結局、モナリザ方面へ。  その途中にある「ミロのビーナス」  長年、海底にあったとのことですが、作者は不明だそうです。  しかし、完璧なる造形美。  ニケ。  欠けているものを感じさせない像です。  ダヴィンチさんの別の作品。こっちの方が、個人的に質は上だと思います。  モナリザに嫉妬している感じがあります。  そうなんですが、フラッシュさえしなければ写真はオッケーというアバウトさです。  基本的に、残すことはしたいが、それも期限があるとのあきらめもラテンの人にはあるのでしょうか?  洋服のボタンが取れた、とクリーニング屋さんにクレームを言うような体質はまったくないようです。  消えゆくものは、消えるのです。  しかし、傍目に見るより、これらを自分の手で作った人の恍惚と満足と陶酔やらのことを考えます。  自分で、作る方が苦痛もあるが、楽しいでしょう。  モナリザの目の前に、近づきつつあるということに、ちょっと不安を感じてしまっ…

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マルモッタン美術館

 地下鉄の駅を降りて、ちんたら10分ぐらい歩いただろうか。観光地化があまりされていない地域にあったマルモッタン美術館。  予想では、世界一位です。  ウフィッツィにも行ったし、プラドも見たけど、あれらは展示場で、箱が大きすぎます。入れ物に見合うだけの品がたくさんあるけど、こちらの見る許容範囲をいとも簡単に越えてしまいます。  到着しました。なんか、まわりは高級な住宅街みたいでした。  多分、9ユーロぐらい払い、中に入ります。  ちょうど、モネ展をしていました。前回のオランジュリーで、この人の素晴らしさは堪能していました。  つくづく縁があるのかなと。  エントランスみたいなところを過ぎると、実際に使っていたパレットがあります。  真剣に働いた人の現実感とぬくもりがあります。  で、階段をおりると、地下に数十点がまとめて展示されていた。  雪の景色や、駅のエネルギーが封じ込められている色彩の感じも見事でした。  上には、途中に売店があります。  ちょっと画集とかにも興味がありましたけど、帰りの荷物のことを考えると、躊躇してしまいます。  ま、もう一回ぐらい来ればいいや、と、いつも投げやりな態度で、大体は成功もするのです。  もう終わりかなと、また階段を登ると、こんどは、企画展ではなく常設されてるものがあった。  ここで、ベルト・モリゾという女性を再発見するのだった。  マネのモデル…

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シャンゼリゼと凱旋門の眺め

 コンコルドから、一駅だけ歩こうとしている。気分だけでも、パリの散歩者。  この街路は、ほんとに素敵なところです。  なんだか、ちとピンボケですけど・・・・  ちょっと行けば、ルーズベルト駅(Franklin D. Roosevelt駅※)で、そこから地下鉄に乗ろうと思ったけど、そこは2つ目だった。あえなく、シャンゼリゼ・クレマンソー駅で、乗車。  この先には、たくさんの有名店があるが、個人的に免税してまで、日本に持ってきたいものなどそうはないのだ。  ※ルーズベルト(米)という大統領がここで有名な演説をしたみたいで名付けられたとか。    両側には、ある程度の高さの建物があり、道路の交通量の割には、静かで、物思いにふけるにはちょうど良い。  夕方前には、来る前に決めていた、世界一であろう美術館に向かいます。(質と手頃な大きさを含めた)  ほんとに、世界一か検証をする必要があるかもしれませんが、チャーリー・パーカーなどを聴きこんだガリガリのジャズ・ファンが他の音楽や事象にも対応できるように、(?な説明だが、タモリさんが良い例)絵をみる基準は、もう出来上がっていたのでした。

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コンコルド広場

 地下鉄が、良い感じに交差するコンコルド広場。  美しい広場です。  交通は、円を描くように放射状に走ります。機能的でもあります。  ぼくは、2回目ですが、とりあえずパリ初心者には、ここに来てもらわないことには、話になりません。  オベリスクがあって、エッフェル塔が遠くに見えて、って感じです。  公園の向こうには、ルーブルがあります。その横には、セーヌ川が流れています。  季節限定の観覧者は撤去されようとしています。この作業に出会えたことも幸運と考えます。  この自分の足の裏が占拠している土地は、なにはなくても自分の土地のような錯覚を起こします。  生きていて良かったな、と確かな実感もあります。  さまざまな芸術家が、もしかしたらこの地面をあるいたかもしれません。  バルザックという世界最高峰の小説家もここを歩いたかもしれません。フランスで、こんな楽しみのある土地で、机に向かうという作業に没頭することは酷かもしれません。しかし、それでも世界一です。  銀座というところを、ちょっと思い出します。その存在意義が理解できない自分ですが、パリだけは、なにがあってもなくならないで欲しいです。  古いゴダールの映画(ヌーベルバーグって奴です)でも、また見てみようかなと思ったりしました。

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サクレクール寺院

 前には、モンマルトルの墓地の方までいったが、ここには来なかった。  しかし、帰って他の人の写真を見ると、素敵な建物なので、自分の眼でしかと確認しない訳にはいかなくなった。  ユトリロ(偉大なるアルコール中毒)が絵画の題材にしています。  坂があり、上りも急で傾斜があります。  先制パンチとして、ここの最寄の地下鉄の駅で無限のようならせん階段を登った。  いったい、何段あったんだ  帰りには、地下鉄のホームまで続く20人ぐらいが乗れる大型のエレベーターがあり、ぞっとした。  最初に、あれに気づけば良かったなぁ。  この内部のてっぺん(先っちょ)までいけば、もっと広大な景色を俯瞰で見れたはずだが、そこまでは知らなかった。帰ってから、気づきました。まあ、知っていても、行かなかったでしょうが。  オルセー美術館の方からも、この先端をみることが出来ます。  また、横には小さなケーブルカーがあります。  それに乗ると足腰には負担が少ないでしょう。  しかし、ギフトとして無限に歩ける足をもっています。  横にあるトイレの使い方は、いまいち分からなかった。他国の白人の女の子に質問されるが、こっちも戸惑っている。第一、こんなアジア人にきくあなた方が分からんよ。  またもや、地下鉄に戻り、数駅乗ってコンコルド広場に向かいます。  まだ、3時頃だったのかな。 …

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ヴァンドーム広場

 前回、近くまで来ていたのに見ることがなかった「ヴァンドーム広場」  ホテル・リッツなんかが一角にある、高級そうな町並みです。  そもそも来たい理由は、MJQに「ヴァンドーム」という曲があるからです。  なぜ、もともとディジー・ガレスピー・グループの4人が、あのような素晴らしい音楽を作り上げられたのか、その答えを知りたい部分もあります。  ジョン・ルイスのヨーロッパかぶれということも大きいと思います。  だが、あのような音楽を作るのは、本来がヨーロッパの人で、ジャズに傾倒したひとの方が容易ではなかったのかと。  ソニーの方が、iPod的なものを発明することの方が、簡単ではなかったのかとの意見と似ているかもしれません。しかし、実際に作ったのは別な人です。  1950年代のアフリカ系アメリカ人のエッセンスではありません。その音楽的な根幹であったジョン・ルイスという人は不思議な人です。襟元なおすジャズです。  聴きまくれば、真黒なブルース感覚も濃厚ですけど。そのヨーロッパかぶれとの絶妙なるさじ加減が愛おしかったりするものです。  しかし、町を一瞬見て、すべてを把握することなど難しいことでした。  ただ、ジョン・ルイスの音楽のことを頭の中で反芻させるだけです。  そして、ラスト・コンサートという素晴らしい2枚組のCDを聴き直します。  その四角い広場をざっと見渡し、4人への追悼をするのだった。  心の中での墓参り…

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白飯性悪説

 極論から申せば、今後一生白米を食べなくても、なんとかなる。  しかし、アルコールを辞めろと言われれば、それは、ストを行います。  また、昨夜の一角に戻り、昼食を食べようとしている。  どこも、当たりの予感があるが、メニューに日本語版があるとのことで、ここに入った。  しかし、英語版で代用しろとのこと。このまま、出るのもありかな? と考えていたら、同行者が熱心になった。  実際にビジネスで言語を使用しているので、ぼくなんかより全然ことばを軽やかに扱います。  ぼくは、無言でやりとりを聞き逃しています。なんか、スイッチが切れていました。  メニューをあきらめ、「日替わり(今日のランチ)はなに?」  とか、訊いていました。答えは、「リゾットと肉料理とか」言っていました。  それでいいよ、とのことで、さらにグラスワインも頼み、量が少なかったので、結局、もう一本頼んでしまった。  で、最高に旨い魚介風リゾットを食し、席でゆっくりし、もう一品あるんだろう? と待っていたら、なにも出てこない。  ここで、自己主張でもしようと、ぼくがしゃしゃりでる。  「もう一品あるの?」  「えっ、お替り?」  なんでやねん。そりゃ、旨かったけど。「もう一品、肉とかなかった?」  「デザート?」  違うよ。結局、リゾットと肉ではなく、リゾットか肉の間違いであったらしい。  英語の分かるギャルソンに代わり、その…

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ヴェルサイユ宮殿

 自分としては、そんなに興味がないが同行者が行きたいというので、ぼくもくっついていく。  行けば行ったで、楽しくなれる性質ですがね・・・・  若い子たちは、電車を乗り継いで安くあげようとしてましたが、おっさんは金にものを言わせて、ピラミデという地下鉄の駅の近くからバスに乗ります。  若い頃の経験は宝でしょうね。  ぼくは、なぜか学校でもなく、書物ですべてを吸収しようという偏った学習の形体を若い時にとったので、いまでも考え方はオーソドックスではなく歪みます。  で、王様が住むところヴェルサイユ宮殿です。  基本、うちなるレーニンが「王様なんて、いらないだろ!」と叫び、平等な社会の実現のほうが、どんなに魅力がある響きだろうかと思います。  ま、自分ながら面倒くさいです。  太陽王と呼ばれた人のマーク。  太陽ぐらい偉いんだよ、ぼく。  という感じですかね。 ^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^  最近、思うにマリー・アントワネットという人は、「K田UNO」さんのような人かと思ったり。  洋服と、美容と金銭を持つ異性を愛する、という人かね。  その陰で、優れた思想家も出すフランスです。  人類は、平等でありたいという願いがあるルソーさんの意見に賛同する民衆は、一部の特権的階級の人たちに不満を漏らす。  ここ…

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シチューかポトフをくれ!

 パリに戻り、夕飯の心配。  心配以上に、楽しみでもあるんですが。  シチューが食べられそうなお店を教えてもらい、その一角まで歩く。そうすると、その周囲はこぎれいな飲食店が並んでいた。ラッキー。  だが、入る前に、いつもの言語の心配。  前回でのパリでの、かなりのトラウマ。  英語って共通語ではないみたいでした。そのことを誰も教えてくれなかった。残念です。  ある店に入ります。外か中かテーブルを選べるらしいが、中はなんかのグループらしいひとが固まっていたので外にしました。ビニールみたいなものが覆っています。  店員さんにメニューを貰います。  メニューを裏返すと、どうみてもビーフ・シチューだろう、という文字が英語で書かれていた。26文字の魔法です。  ドイツでは、メニューを「カルテ」と言いなさい、と教えられた。フランス語も似たような「キャフトゥ」  お会計は、「ラディシヨン」的な言い方。  ギャルソンというのか、ウエィターさん(給仕をしてくれる人)は、どこに入っても大体、男性。  ここでも、野性味あふれる黒人さんが、きびきびと働いておりました。  ジーンズをはいているお尻あたりの位置が、自分の腰骨とはまったく違います。  で、『給仕論。』  居酒屋なんかで、会社の立場的にも仕様がない人もいるのでしょうか、いそいそと鍋を取り分けたり、焼き鳥の串を抜いちゃったりする女の人が、どうも苦手。  …

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モン・サンミシェルとムール貝

 夢から醒め、また幻のような建造物を見に行く。  山・聖・ミカエル、てな感じでしょうか。言葉は、多くはいりません。  前回は、曇りのち雨、そして強風、という天気になったが、今回は写真以上に快晴です。  一度目から、こういう幸運を持っている人たちを恨んだり。ま、それぞれですが。  2回目もあったわけですが、東京の片隅で、こうして記録に残していると、やっぱり、あれは本物か? とささやかな疑問が頭をもたげてくる。  しかし、あったのは事実でしょう。  中からみえる周りの湾も世界遺産。  この、清浄な内部にいながらも、自分は外界の汚れが意外と好きであったりします。きれいな水槽の中にいる熱帯魚ではなく、汚い沼に棲む淡水魚のようでもあります。これも、性分です。  で、昼食。  前回は、まとめて乱暴にオムレツなんぞを食わせられましたが、そんなに旨いものでもありませんでした。  今回は、魚介類に飢え、まずはサーモン。築地なみにおいしかった。  どっちが本場か分かりませんが。  それから、ムール貝。フランス語でも「ムール」  頼みやすいです。  ボンジュール、ムール、シルブプレ。完成。メルシー。  それが、こんな感じになります。  わたくし、魚介類にあたる性質で、ことしも牡蠣に軽くやられました。悪気はないと思うのですが、やっぱり、なんとなくそう冷たくされますと、疎遠になって…

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エッフェル塔

 ほんとに造形的に美しいです。  結局、この日にざっと見ただけで、近くに寄ることはなかった。  この後、永遠と車は走り、サン・マロという地に向かったのだった。  もうちょい行けば、英国です。  ちょっと、頭の中身が素敵な感じに空洞な王子がいたりすることでしょう。きれいな、ちょい不幸オーラがあったお母さんは11年ほど前にパリでなくなりました。残念。  ダイアナさんの弟のスペンサーの弔辞:  「ダイアナ」(ローマ神話での狩猟の女神の名前)、「狩猟の女神の名を持つあなたが、人々に追い掛け回されるのはなんという皮肉であろう」  で、サン・マロです。  港町という触れ込みだったので、魚でも食べたいなと思っていた。  見たこともないポルトガル的なところかと勝手に想像しておりました。  潮風があって、香ばしい匂いがあって、とかとか・・・・  しかし、典型的な郊外のホテルに泊まり、ワインのデキャンタ500mを三回ほどおかわりし、挙句にレストランから無理やり、自分の部屋に持って帰りたいと言って、グラス2つとともに、エレベーターに乗った。  酒飲みって、うんざりするほど、いやしい生き物です。  横に、美女がいようがいまいが、最終的には、酒の魅力の方が勝ったりします。  ここは、シャトーブリアンという人の故郷でもあるようです。  最近、ポール・オースターの小説で再認識しました。  海辺を歩きながら、過去の偉大な思想に…

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凱旋門

 なにしろ、デカすぎるぜ。  君たちの、わび・さびを度外視した設計能力に唖然とする。  ナポレオンさんは、古代ローマ帝国式の凱旋門の魅力にとりつかれ、パリにもあるそう。  前回、来た時は雨に降られて夜景を撮ったりもしたけど、今回は食とワインをメインにしてしまったので、風景は流しです。  言語の問題点を理解していたので、それを踏まえての注文に、頭のほとんどを捉えられています。  けっこう、文法無視の強引さの英語で、なんとかしました。なんとか、ならない時もあったけど、同じ日本語を使っていたって気持ちが通じない時は、通じないものです。  で、石の文化。  木や紙で家を作る、と言われた日本とは大違いです。  もちろん、優劣なんかは問題外で。  多分、世界の中心って、ここかもしれません。  NYかとも思うんですが、前大統領の駄々っ子みたいな政策で、あの国がどうも苦手になってしまった。  ヨーロッパに比べると、半ズボンを履いたような国家です。  ま、そもそも国なんてものにも興味はないんですが。とりあえず、まとめとして。  関係ないが、今日は嬉しいことがあった。  15年ぐらい前に電波の良くないFM横浜で聴いた「サラ・ヴォーン」の中野サンプラザでのライブ盤を気に入り、10年ぐらい前に出た2枚組のCDは、直ぐに版権の問題でか廃版になり、(買おうとしたが手持ちがなかった。支払い遅れをしたこともないカー…

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オペラ座(オペラ・ガルニエ)

 パリに到着し、ノルマンディー方面に行く前に、パリを車窓観光。  途中、ちょっと降りたりして、買物をしたりするが、あまり興味もないため、(金がたくさんあったら今後、ポール・スミスの服しか着ないもんね、とかは言ってみたい・・・・)建物の写真を撮ります。  14か月ぐらい前に、ここパリに来た。  つまらない話ですが、指輪を拾った女の子風の言葉巧みな詐欺に合い、そのチープな指輪が部屋にあるのですが、それが前回行った事実として目に見える証拠となっています。  多分、それがもう一度、この世界一の都市に再び行くことが出来た大きな理由のような気もしてきます。  で、今回は記録としてイレズミをする民族のように、足にやけどが出来ました。跡が残らない方が良いが、嫁入り前の19歳でもあるまいし、その辺は無頓着です。  人間なんて、とても愚かなものです。  前回は、一日なので網羅できないところが山ほどあり、名所の地図を消すように、新しいところを写真に残します。  で、オペラ座。  感じとしては、中心地にある、東銀座の歌舞伎座みたいな位置にあります。  中身は別として(知らない)外見は、豪華です。  そばにある、三越と伊勢丹を足したようなデパート。  ちょうど、セール中でした。  実際に、別に三越もあります。  金銭を吐きだす人を見抜くような店員の視線があります。  当然のように、ぼくは透明人間のようになっています。 …

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TGVとエピソード1

 早起きして、いつの間にか国境を越え、ストラスブールへ向かう。ドイツよ、さようなら。その生真面目さと、ぼくは、縁遠くなってしまったようだ。  しかし、根底には残っているだろうけど。  ま、いまでもルール大好きですけど・・・    で、フランス式新幹線を待っていると、まだ夜明け前の駅の前で、10代後半の少年らしき人物に話しかけられる。ちょっと、目がうつろでした。  「タバコもってる?」  「いや」  なんやらの、フランス語で語りかけられてスムーズに会話は進まない。これだから、言語って・・・・・  「香港の人なの?」聞き取り不確かですが、多分です。  「いや、ジャポン」  「お、サムライ!」  「はら切り」と返したが、しかとです。フランスにはサッカーの松井さんがいるのに、やっぱり侍です。どうみても、サムライじゃないけどね。  彼は、いったん離れ、グループに戻る。  その間、スーツ・ケースの心配をし、駅の外で待っている。  また、彼はグループから友人一人を連れてきて、またもやぼくのところに。もういい加減にいいって!  数語の伝わらない言葉のやりとりがあり、彼はこっそり指にはさんだ炎を見せた。なんや、マリファナやん。  「ちょっと、吸う?」  彼の、状況判断が分からない。  ぼくの直ぐそばには、同じツアーの人々がいっぱいいるし、そこで「じゃあ、吸…

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ハイデルベルク

 学生街とのことで、やっと食事の心配からも解放されそうだ。ちょっと、池袋チックな雰囲気。  ま、普通に散歩して申し分のないところです。  アルト・ハイデルベルクという名作があるらしいが、ぼくは最近、読みなおしている英国人モームの「人間の絆」の舞台になっていることに感動したり。  16歳ぐらいに読んだから、ざっと20年も過ぎている。  しかし、あのときと同じ好奇心だけは持つようにと頑張っています。  クールなドイツの女性を写す勇気もなく(肖像権のあれこれといってごまかす)マネキンで代用です。  きれいな城の夜景も撮ったはずです。かじかんだ、その手で・・・  なんと夜景の写真が全滅だったことに、いささかショックを受けています。  同じツアー内にいたきれい目な子は、三脚をもっていた。  そうだよな、夜景には必要だよな。  まともなのは、これぐらいか。  ちなみにネッカー河。  やけになって33%もあるビールを飲む。  お酒に目がない人という期待に応えただけです。こんなしろものが美味しいわけもなく、養命酒を煮詰めたような感じです。  結局、8割方は飲んだんですが。  普通のビールと交互に飲めば、それはありはありかも。  で、レストランに入ってリースリング。  ドイツのきりりと冷えた辛目の白もいけました。その前の酵母の多そうなビールも良かったですが、写真がありません。 …

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ローテンブルグ

 ローマンティック街道(ローマ再復興化街道?)を車で走り、(頭の中にあるロマンチックという意味ではないようだ)ローテンブルグへ。  メルヘンチックな建物が多くあります。  城壁に囲まれた土地に、古い建物が多く残っています。  この辺りで、雨が降り、寒い思いをしました。が、それも旅です。  Mr,ワイン君。  君と会いたかったぜ。  やはり、この場所に戻ってきてしまう。  こわれた城壁の再建に世界中から寄付がよせられ、その人々の名前が残っている。日本人も2人ほどいるときいたが、ぼくもちょっと一人で歩いてみたら、十数人の日本人らしき名前と大阪市の名前があった。  探す価値があります。  行く前には、「冬のドイツは寒いよ」と、あちこちで言われたが、雪景色もそんなに悪くないと感じ始めている。

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ステーキ、ポテト、朝焼け

 最初に覚えたドイツ語は「トロッケン」で、意味は、酒の「辛口」です。  悲しい生存のための言語。  アウグスブルグは、レストランが少なかった。  そもそも営業していても、週末なのに閉店を6時にしてしまうドイツ人。  その中でも、見知らぬホテルに駆け込み、どこかおいしいステーキでも食べれるところ、知りません? と言ったら教えてくれた。  ここぐらいしか開いていなかったけど、かなりおいしかった。  この辺で、ラテン気質の方が良いなぁ、と考えだす。  人生は、短いし、週末だし、飲んで、騒いで、頑張っちゃおうぜ、みたいなノリのが良いよな。  その前に、自分にスニーカーを買い、何人かにお土産を買いこみ(君たちにね!)部屋用のワインを2本、6ユーロぐらいで購入。一本、普通に300円ぐらいでおいしいワインが買えた。驚きです。ビールもペット・ボトルで売っていて買う気が失せた。  そして、泊まったホテルの前の朝焼け。  町を歩いていて、スリリングとか危険とかまったく感じない、おちつけるドイツの日々であった。

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ヴィースの巡礼教会

 1時間ぐらい、車を走らせると「ヴィースの巡礼教会」という場所に出ます。  世界文化遺産らしいです。  教会があまりにも多く、古くて用がないものから取り壊すこともあるようです。その予定に入っていたようですが、こわされることを免れ、現在に至っています。  建物の中には、涙を流したキリスト像という眉つばものの木像があるみたいですが、真面目なミサの最中なので、部外者は外に出ます。  外は、雪でした。いや、晴れていたが、地面に雪が残っているという天気です。そんなに寒いとも感じませんでした。  中の装飾は、ザ・ロココという感じで、普通に東洋に暮らしてきた人間にとっては、過剰なまでにけばけばしいです。  しかし、ロココ様式というものがどういうものか、いっぺんに理解できるのも、まぎれもない事実です。  写真はNGなので、詳細はここを参照。↓ http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%95%E3%82%A1%E3%82%A4%E3%83%AB:Wieskirche_rococo_interior.jpg  追記:旅が終り安堵して、自宅のストーブ前でうとうとしていたら、軽く足にやけどをしていた。まったくね。

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ノイシュヴァンシュタイン城

 1日目には、ノイシュヴァンシュタイン城という所に出掛けます。  建設したのは、ルートヴィヒ2世というお方で、17年もかけたそうです。  詳しくは、ここで、→http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%8E%E3%82%A4%E3%82%B7%E3%83%A5%E3%83%B4%E3%82%A1%E3%83%B3%E3%82%B7%E3%83%A5%E3%82%BF%E3%82%A4%E3%83%B3%E5%9F%8E  本人は、城をつくりながらワーグナーの援助者にもなるそうです。  この音楽家は問題児であり、「人のものは自分のもの、自分のものは自分のもの」という考えの人物であり、お金も女性もたかれるところは、たかっちゃえ、という行動スタイルです。  しかし、才能はあります。  音楽家にモラルを求める方が変で、ジャズのライブを開始時間きっちりに行わないことに詰め寄っていたお客様が過去にいましたが、考え違いです。病院や役所じゃあるまいしね。  で、財布の中身が多かった城主は、せっせとお小遣いをあげます。それで、多少のクラシック・ファンは恩恵を受ける訳です。  後世に残れば、それでよしにしましょう。  もっときれいな、写真が残せると思っていたが、あれは、特殊な場所で、たとえばヘリかなんかに乗って、最高の構図を選んでいるのでしょう。  その事実を知って、動揺を受けます。  ディズニーのな…

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ドイツとフランスの喜怒哀楽の8日間

 こんな話があるそうです。  船が難破し、救命ボートに移らなければならない。  乗ったはいいが、定員をこえてしまう。まだ、女性や子供が乗り切れていない。その為に、男性は外に飛び込まなければならない。  そのために秘策が・・・・  各国の人がいます。  アメリカ人には「ヒーローになれるチャンスですよ!」見事、ドボン。  イギリス人には「紳士だったら、わかるでしょ」  ドイツ人には、「これがルールですから」  日本人には「皆さんもそうしてますよ、遅れずに」  我が悲しき民族も、あとに続きます。  うちなる、ドイツ人的な性質がいやで、ラテン人間になろうと努力したが、ここらで振り返っても良いのかと、ドイツを選びます。  ①ドイツのビールはうまいのか?  ②ドイツのワインは、どれほどなのか?   (甘くて、個性のみられないという一般的な共通認識があるも・・・)  ③ドイツの女性(でかさも含めて)はきれいなのか?  と課題があります。  ④モンサンミシェルは、ほんとにあったのか?  ⑤パリの街は、銀座の比じゃないのか?  ⑥まともな、フランス的な味付けの料理に(言語も含めて)たどり着けるのか?  と、フランスでの課題もあります。  で、早起きして成田から、韓国へ。大韓航空の女性は、きれいなのでした。  ここでも、綺麗要素の基準。  ①身長が175くらいはある。  ②ちょい細見。…

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予告編

 わたくし、恥ずかしながら帰ってまいりました。  「幸せとは、胃袋に消えたワインの量と比例する」という仏の啓蒙思想家の言葉通り(まったくのでっち上げ。葛飾のある一人の発言)それを実証しに旅行に行ってまいりました。  だが、お酒だけでもなく、写真も撮って来たよ。  SDカードさまさまです。    これは、ドイツ。  ゲルマン魂です。  可愛らしい建物もありました。  で、誰しもが知っているパリの象徴。  わが家計のバランス・シートは絶対的にアンバランス・シートになりますが、ま、お金なんて世の中に流通してこそ、あれなんで、と自分をなだめて、今日も暮れる。  夜中なのに、まったく眠くない恐怖のあれです。

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