町屋

 やることも底をつき、洒落ていない道を散策。  母の兄が曳船というところにいて、父の妹たちは横浜や川崎にいた。  幼少時、そこに連れられ、曳船の家は家庭内に風呂がなく、泊まるといとこたちと銭湯に行った。  あそこは、休日だから、今日はここ、とか。複数の銭湯がまだあった。  そこのおじさんは、子供が好きらしく、よく冗談で、「うちの子になれば?」と言った。  それを真面目な性分の自分は、永遠の別れをいまの家族とするのか、とか無駄な心配もした。  日曜の夕方にテレビを見て、「競馬の騎手になれよ、もうかるぞ。だけど、いまより大きくなると馬が困る」  というようなこともきかされ、本気で成長してしまう自分を恐れたりもした。  まだ、王少年は実家のラーメン屋でバイトをしていたのを見たことあるよ、と、当時もうすでに偉人であった野球選手を身近に感じたり。  となりでは、スリップ一枚のお婆さんが恥じらいもなく庭弄りをしている。  その映像が、トラウマとなって自分の脳から離れない。  長いイントロだが、あの曲がりくねった道こそが、道だろう、という気持ちがあって、たまにあの感覚を取り戻したくなる。  で、数駅電車に乗って、町屋の商店街をうろうろ。  ここも、また迷路のような道となっている。  ブラタモ流にいえば、小川の痕跡なのでしょうか?  こころのなかにある懐かしの四角い箱が暖かい気持ちになって満た…

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