ビデオ屋店員のぼく

 もうちょい才能があったら、タランティーノになったかもしれない。  まあ、なれなかったかもしれない。  時代は、「レイン・マン」の頃。  昭和が平成になった時期。  最低でも、24年ぐらい前。  それで宮内省の大幅なリストラがあったわけもなく、世の中はなんとなく存在する。  まだ、映画は円盤ではなく、黒い箱の中にテープが巻かれている。  でも、タランティーノの登場の衝撃も凄かった。パルプ・フィクションやレザボア・ドッグス。古びることもないスタンダードになってもいいよ。  とくに後者のライク・ア・バージンの考察。凄いね。  「処女が好き」と訳したひとがいるとタモさんが言った。  「後家さんっていいよな、オレの妻も後家さんにならないかな」と、志ん生という落語の名人が言う。  で、場所はお花茶屋。  ぼくは、ビデオを貸し、一緒に働いていた子は、ガンズのCDをかける。  お花さんの茶屋。  東京で、いちばん可憐な駅名じゃないの?  名詞。豪徳寺というのもなんだか魅力的。場所指定の名詞。  現在、西新宿の高層ビルで夏の気配というより、もっと凄みのある窓から見える強い日差しを感じる。土曜や日曜。  ほんとは、自分は何がしたいんだろう?  生きる命題という大きな意味ではなく、なんとなくどんな風に休日を過ごすのかというちっぽけな願望の方。  お花茶屋あたりで、ハイボールを飲みたいなと。…

続きを読む

同級生という存在を早目に手放したぼく

 「喉乾き この駅ならば あの酒場」  というデータベース化を目論見ながらも、思い出話。  将来の自分(多分、ネット端末ももっと優れ、無線化もさらにすすんだ時代に)しか興味がない情報。  そのために自分のためのコンテンツを増やす。  学生時代というのは友人のもって来る情報の占める割合が多い。  その影響から免れられた自分は、けっこう皮肉でもなく幸福だったなと。  ボーイや尾崎さんという音楽からも解放されている。  その安定した大型船から飛び降り、自分は揺れる小船で自分だけ(だと思っている!)の価値観を発見できた。  それで、サラリーマンでもないひとが、とくにミュージシャンなんかが個性を発揮しないことに、心底、嫌悪感をいだく。  お前ら、高校生のコピー・バンドか! てな具合に。  で、上野という最初の関所を抜けた東寄りの東京のひとりの若者は、どこで価値観を作り上げるのかというのが問題になる。  10代の中盤ぐらいから新宿で映画を見て、世界を知る。主にハリウッドを経由した世界。  トップ・ガンやハスラーの時代。  映画がぼくの経典で、性のことでは、「ホット・ドッグ・プレス」があった。  あんなものアメリカなら嘘の情報として訴えられる。  でも、アメリカの少年は雑誌など読まず、てっとり早いさんが、相手としているんだろうね。  ある日、地元の居酒屋にいる。  「この前、彼女と映画を見ていたら、お前もいたな…

続きを読む

人間という管

 人間も管でできている集合体に過ぎないのだと知った一日。  大手町と竹橋の間にあるようなホールで、アキコ・グレースさんのコンサートを聴く予定。  財布には、チケットもあり。  それは、夕方からなのであり、その前に映画でも見ておくか?  さて、何にしよう。  ペドロ・アルモドバルの映画が15時からある。  じゃあ、それで。  前に、フランスとドイツの国境を越える早い電車のなかで、同じツアーの卒業旅行の女性と話す。  「卒論って、なに書いたの?」  なけなしの頭をつかって、文字を書くという作業をするひとに捉われている。  「ペドロ・アルモドバルの色の使い方について」  「誰、それ?」  「映画監督の」  「ああ、オール・アバウト・マイ・マザーのひとだ」  納得したが、そんなものを書いてもいい時代に衝撃を受けた。  だが、このひともマエストロ。  だが、この選択がひびくことになる。  凄すぎた。  みな、見てのお楽しみだが、2012年で映画という表現の底まで費やされ尽くしたと思っていたら、まだまだですね。  我が、43年で、もっともインパクトを受けたような気も。  衝撃が消えず、日比谷公園へ。  「でも、凄くない!」と、誰かに話しかけたい。  あの凄さを共有したい。  で、小腹が減り、パンを食べ、ジャスミンというお茶を飲む。  そ…

続きを読む

天秤

 良いこともあれば、悪いこともあり。  そもそものスタートは短期の仕事。  ほんとに、世の中に生存し、そこで何かを、土台みたいなものを拵え、必死に生きるのが大嫌い。  嫌いというかできないだけ。  逆上がりができない子どもと同じ。  先生が必死になればなるほどできない。  だって、興味がないんだもん。  向いていない。  テレビで、自分の成功体験(隠し味としてのちょっとしたつまず)を恥も知らず話しているひとの厚顔無恥さに冷や汗をかく。  なるべく、本気になって生きるとか、自分の確たる立場を安定させ、誰かを追い抜いてでも成功するのだ、という気持ちが皆無。  そんな気分でもなかったのに、世の中に産み落とされ、なんとなく生きている。  堅いたまごの殻はどこなのだ?  そこに、ただ、戻りたいのか?  で、仕事の忙しさも峠を越え、だらだらと延び続けた契約も終わり。  今月いっぱいで、また、リ・スタートです。  で、そういうことが何となくもったいないな、とか思うのは、女性のこと。  女性の造形としての顔が好き。  これも、若いときはそんなこともなく、また、それに拘ることもなかった。  ただ、絵画の見過ぎ。  その後遺症として、女性の顔を見る。  デザインとしての顔。  声も気になる。  前と同じで、これも音楽の聴きすぎ。  少しハスキーで、しっかりとした声が好き。  …

続きを読む

夏間近

 宮沢りえなんていう女性がまだ離婚をする前で、当然のこと、結婚する前でもあり、太っちょと婚約会見なんていうのもまだしていなくて、お母さんの体型を見て、彼女の行く末を心配していた頃。  それよりも前か。  新潮文庫の夏のキャンペーンに少女としての理想郷の彼女がポスターになって貼られている。  それになんの影響もされていないが、本を読んでいる。  いや、「なに読んでるの?」  と、キュートな声で訊かれたいのかも。  今年の「ナツイチ」という集英社が選んだ(広告代理店なの?)女性も、たいへん可愛い存在なのだ。  自分は、星ヒューマなほど、ヒューマンでもないけど。  そんなことも関係なく、本を読む男の子であり続けたい、という切なる願いの出だし。  手元が倍ぐらいに目から離れていこうとしても。  トホホ、泣くね。  最近というか昨日、読み終えたのは、「江戸・東京散歩35選」というPHP文庫のもの。  書いた人と同じぐらい自分も東京を歩いているけど、視線を変えれば、やはり、見逃しているものも多々ある。  「松蔭神社」には行ったことがないので、いつか世田谷線で。  死体は、樽に真っ裸で放り込まれていた。  南千住にて。  毛利藩のお屋敷に骨を持ち帰る。  数年後に。  それから、もっと時代が経ち、神社。  ミッドタウンも毛利のお屋敷。  なんか、悪いことをしたのかね? 彼。  ただ、好奇…

続きを読む

まさか

 今日も、疲れたな。  コンビニの袋をぶら下げ、家まで帰るか。  小雨が降る。  家に着いたら、なにをしよう?  プロの続きでも考えるか・・・  じゃあ、プロの定義とは?  それをしたことによって、光熱費を賄える。  すると、ウサイン・ボルトはプロの競技者でもあるよな。たしかに。  プロのキャバ嬢。  アマチュアの読書家。  大阪の飲み屋にて。となりには中川家の弟みたいな口調の兄さんがカウンターで酒を飲んでいる。  プロの芸人。  この前、北千住で小津映画にも出ていた中村伸郎という役者さんの皮肉な口調にそっくりなひとがいた。  あの役者さんもプロだった。  なにかを一徹につづけることによって、プロに近付くのか?  体操の金メダル候補者は、いったい、なにで光熱費をまかなっているのだろう。  昨夜のアメトーク。  男性3人で、夜のファミレスに集い、妻の陰口を言う。  それを評した「逆SEX&THE CITY」という自虐的な表現に、きょう、思い出し笑いをする。  甲子園で野球を見て、それから、十三で一杯。  こんなことを幸せであると思う未来予想図。  しかし、いまの現実。  で、小雨降る中、よろよろと危なげな自転車のこぎ方で、かなり高齢な女性が横を通り過ぎる。  傘もささず、合羽代わりにビニールかナイロン製のジャンパーを着ている。  心配な足取り。  でも…

続きを読む

裏メンコ

 自分の好奇心の幅がもう少しだけ狭く、薄かったら、もっと気楽だったのにな! という感想。  電車の背もたれ側に身体を向け、靴を脱ぎ、無心に外を眺める子ども。  言葉もいらない。  多分、ずっと、あれ。ぼくの姿。  むかし、「カーズ」という映画の試写会が当たり、それを見に来ていた子どもが、非常灯の緑の人影を見て、  「パパ、あのひと急いでどこ行くの?」と、訊いていた。  それが好奇心というものだろう。  音楽には、リズムがあって、メロディーがあって、ハーモニーやコーラスがある。  ぼくは、ずっとリズム重視。  しかし、じゃあ、キース・ジャレット(綺麗すぎるメロディーを作る)と、チック・コリア(野蛮なリズムがときおりある)のどっちを取るかといわれれば、それは、キース・ジャレット。  嗜好なんてものは、むずかしいものです。  家で動画で予告編を見ていたら、どうしても見たくなり、下高井戸まで。  多分、初?  映画の日とかで、安くなっていた「フラメンコ・フラメンコ」  基本、一曲を踊ったり、歌ったり、ギターを弾いたりで、4分もあれば、次の曲へと移行。  飽きません。  手法は、「演歌の花道」といっしょです。  声もみな、きれいなとも呼べないが、ぐっと来る。く~る~。  誰かに似ているな、と思っていたら、八代亜紀さんね。  じゃあ、彼女はフラメンコ歌手なのか?  そう言われると、入…

続きを読む