始まりは種

 あるワールド・カップで日本の男性が連敗を喫した後に緑の芝生のグラウンドに横たわっている。

 孤独であるようだ。

 青いユニフォームを着て。

 そして、引退を決意する。

 彼の活躍と、これまでの足跡と早過ぎる決断によって、サッカーを少しでも知っているひとは動揺する。

 2006年のドイツのこと。

 それから、長い月日が過ぎた。

 しかし、今日、元10チャンのサッカーを見て、あれは種が蒔かれた姿にすぎなかったのではないかと結論する。

 「取り敢えずは、世界に出ようぜ!」ベイビーなのだ。

 いまのチームには、ドイツや、イタリアや、ロシアの地でもまれた人間がいる。
 
 ひとりの男性の運命を考えると、イタリア人が、なぜか日本のチームの指導的責任者にもなっている。

 根本的に世界一を決める大会に日本(人)がいる必要もない。

 世界一を決めるのは、また別のルートがあるし。

 (チームがかかえる所有数の上限での対決と、人口が左右をする国家が等しい対決もできないはずだ。だから、クラブ・チームが正しい。フェアという基準ゆえに)

 でも、ユーロがある。

 財政では失敗しても、サッカーのユーロはいつも正しい。

 見本市なのだ。世界のサッカーは今後4年間、こうした方針ですすむのだ、という展覧会。

 蒔かれた種は消滅したようにみえても、いずれ再生される。

 予選を勝ち抜くために戦うひと。

 右サイドバックは2014年には、どうなっているのでしょう?

 あの横たわる姿を今後も覚えておくように。

 今後も答えは、待ち望んだひとに訪れるのかもしれない。

 もちろん、来ないかもしれない。それは、ぼくの問題じゃない。

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