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zoom RSS 追憶の話し

<<   作成日時 : 2010/06/09 22:42   >>

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 誰かがもう自分のもとを去るという現実がいちばん辛い。

 失恋の話でもいいし、卒業の話に転換してもいい。

 ただ、自分の好きだったジャズというものが、限りなく終わりに近づいているという話に結び付けようとしている。



 もう、ハンク・ジョーンズのいない世界になってしまったのだ。

 ネット社会というものの検索は凄いもので、マリリン・モンローという人が愛人であったらしいケネディーさんの誕生日にハッピー・バースディー・プレジデントを歌うさいの伴奏もこの人とか・・・

 ぼくは2年半前ぐらいに最初で最後のコンサートに立ち会えた。

 あの日の感激をいまだに忘れることができない。

 このブログ内のどこかにその印象が書かれている。

 で、次にはデニス・ホッパーという人もいなくなる。

 ぼくらの世代は「ブルー・ベルベッド」や、「スピード」の悪役なんかで彼を見ている。

 もっと突き詰めれば良い映画があるが、大衆的な意味でこんな映画が有名だろうか。

 また、野球ではグリフィーという人が球場を去る。

 ぼくらは、限りなくあの世代なのだ。

 ハーシュハイザーやグッデンや、ストロベリーや、マダックスとアトランタ・ブレーブスの投手たち。



 キューバ人が亡命して野球をする前であり、筋肉を強める注射を打とうとする前でもあった。

 こうしてババッと過去は消え、つまらない現実と立ちむかわなければならない。

 最近はずっと、「おもしろき こともなき世を おもしろく」

 という高杉さんの言葉を復唱している。

 この後は、どんなにつまらない世界になってしまうのだろう。

 しかし、人生ってあと30年ぐらいだし、楽しい瞬間を必死に数え上げていくのだ。

 それでも、いろいろなひとはもう居ないけどね。

 追記:最近、美術館で、「やっと、セザンヌの絵が分かってきた」と見知らぬおばちゃんが言っていた。

 その気持ちが痛いほど、分かる。

 方程式が理解できる、という感覚でその言葉は放たれたのであり、それが絵画にとって幸福か不幸かはまったくしらない。

 ただ、努力して問題を解くようにしないと、セザンヌの良さはあまり分からないのだろう。

 また、別の機会には、大学生らしき男性二人が「セザンヌ苦手なんだよね」

 という言葉を出すのを聞いていた。

 やはり、彼らがわさびが入っている寿司が食べられない、という子供にも思えた。

 ビールが苦い、という若者にも・・・

 セザンヌは、それでも最初のスタートであり、乾杯のビールの旨さでもあり、食通の最後のつまみでもあり、という難しい存在でもあるのだ。

 そんな気持ちにさせる画家もいないと思うので、まあこれからもゆっくりとその山を登ることに致しましょう。彼の描いた山のようなものをね。

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